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7/06/2012

Working as risk analyst~危機管理とインテリジェンスを仕事にして

アナリストとして働き始めてちょうど2か月が経ちました。

私が働いている業界、民間インテリジェンスという括りだと、今流行りの'G-ZERO'のイアン・ブレマー率いる「ユーラシア・グループ(Eurasia Group)」や影のCIAと言われる「ストラトフォー(Stratfor)」、たまにBloombergの記事に名前が出てくる英「Maplecroft社」、ほかには英「ControlRisks社」など、同業他社は英米系が多いです。(ロンドンは保険の中心だけあって、リスクアナリシス&コンサルティングの会社が多いようです。King's War時代には学部事務局のメールにインターン求人が載っていたところもありました)

肝心の仕事の内容ですが、有り体に言えばOSINT、つまりネットで手に入る公開情報やニュースサイトを中心に情報収集し、分析してレポートを書きます。私の場合、担当しているのがアフリカ半分とアジアを数カ国なので、専らBBCやReutersといったニュースサイトの地域ページ、それから各国現地紙のサイトを巡回して使えそうな記事をクリップしていきます。

インテリジェンスなんて言うと格好いいですが地道なお仕事です。よく本でも書かれていますが、ボンドみたいな「スパイ」のイメージとは程遠いです。国家の情報機関だと収集し加工したインテリジェンスを役立てるカスタマーは政策を立案する上級官僚や政治家ですが、私の所属先の場合は民間企業になります。ブレマー氏のような優秀な人材が揃って手広くやっているところだと経営層が主な相手となるのでしょうが、私のところは・・・w

先ずこの世界に興味を示す人、そもそも知っている人が少ないと思われますが、必要とされる能力は語学、情報収集力、分析力、文章作成能力が基本となります。統計でグラフを作るとかパワーポイントを作るといったITスキルは言うまでもなく。しかし何より大事なのは好奇心を持ち続けることだと思います。担当地域と国に興味を抱き、仕事を通じて学び親しみ、それを原動力に仕事のパフォーマンスを高めていく上で必須です。

私が扱っている国の一つにケニアがあります。これまで行ったことはもちろん、研究対象にしたことはアフリカ全体含めてなく、知識ゼロで担当になりました。これを読んでいる人がどういうイメージを抱いているか、そもそも抱けるのかわかりませんが、安全保障とポリティカルリスクの観点ですと、この国の隣国があの失敗国家ソマリアというのが一つのポイントになります。

他国に軍事介入している国というと特にアメリカ、そしてNATOの同盟国である英国や欧州が上がるでしょうが、このケニアが昨年10月以来、ソマリアに派兵して過激派イスラム武装組織のアル・シャバーブ掃討作戦を展開しているのです。ということで、アル・シャバーブによるテロの脅威があって、実際に何度も各地で起きて死傷者が出ている・・・という情勢を把握し、先行きを予測し、何かあったら(あるいはありそうだと思ったら)アラートを出すのが私の務めになります。

上で述べたとおり、幾つかの国を掛け持ちしているので、ケニアだけを見ているわけではありません。他には今注目されているミャンマーを任されています。ミャンマーの場合は主にタイや中国との国境近くで起きている政府と少数民族組織との紛争が主たるモニター対象になっています。

語学と国際関係(安全保障)を学んだこと活かす、という点では願ってもない、そして滅多にない民間の職場ですね。

同時に色々と不満も当然あります。一つは個々の国のカントリーリスクを分析するので、マクロよりもミクロ、サードイメージよりもセカンドイメージに偏りがちになります。より広い文脈、周辺諸国との関係などを踏まえて見る事例もたまにはありますが基本ないです。

次に、アナリストとして作ったインテリジェンスがどれだけ生産的で活用されているのかが見えない点です。淡々と仕事をこなしているけど成果のほどが可視化されない、これは将来的にカスタマーのフィードバックを得るという作業を制度化する必要性があるなと2ヶ月足らずで強く感じているところです。

最後に、ある意味人の不幸を飯の種にしているわけでして、紛争やテロを言わば「商材」に稼ぎを得ている吸血鬼的なところがありまして、そこは割り切ることが大事です、顧客である日本企業とその組織人が被害に遭わないように情報を武器にしていると。

まだ2か月しか経っていませんが、組織面を含めて問題意識を抱えつつ、色々吸収しながら道を探っているところです。仕事を通じてニュースソースがさらに増えましたし、テロリズムや民族紛争といった非国家主体の事象について理解を深めるいい機会かなとも思っています。

当分アカデミックな安全保障論や外交・国家戦略のお話から離れがちになりますが、その分、担当地域についてブログで取り上げていく所存です。

4/19/2012

It's the Security, Stupid!~β版no.1

今度から定期的に国際安全保障・防衛・戦略の最新情勢や各国の興味深い動向を紹介し、時に分析を加えたり戦略的含蓄に富む話をしたりするシリーズを「It's the Security, Stupid! 安全保障なんだよバーカ」と題して始めたいな~と考えています。

訪米時の石原発言で都による尖閣購入意向のニュースが一昨日駆け巡って来耳目を集めていますが、話題になってももっと広い戦略的文脈に置いて議論されるべきこと(日本は中国をどうしたいのか、尖閣等々が引火点flashpointとして最悪の事態が起きたときにどう動くのか)がされずに終わるであろうことが目に見えており非常に懸念されるところです。

さてβ版の第一号は時事ネタ、特に中国関連をカヴァーしていきたいと思います。

本日最初に取り上げるのはインドの弾道ミサイルAgni-Vの発射実験です。成功したとのことですが、これでインドは約5,000kmと中国の主要都市や東欧を射程に収める核弾頭搭載可能なミサイルを持つという大きなハードルを技術的にはほぼ越えました。インドは2007年4月に射程距離3500kmのAgni-Ⅲの打ち上げに初めて成功しましたが、この5年間に着実に能力を向上させてきたことになります。このミサイルは厳密な定義上はICBM大陸間弾道弾ではありません、ICBMのレンジは5,500km以上になりますので。とはいえICBMを保有しているのは米国、中国、ロシア、英国、フランスのみであり(land-based)となると米中露だけになります。今回の実験成功は特権的な「エリートクラブ」への仲間入りの足掛かりになり、インドの自信とプライドを高めるでしょう。今後は来年に似たような実験をして2014年か15年に運用可能になることが予想されています。





2番目に取り上げるのは南シナ海関連です。

China and Phillipines Navy, The Diplomat, by David Axe

10日にフィリピンと中国が南シナ海のScarborough Shoalで睨み合う事件がありましたが、海軍近代化を推し進めて軍備増強されているPLANに直面するフィリピン海軍は十分な予算が与えられず、その装備は非常に貧弱です。今回中国漁船・漁師を逮捕しようとして2隻の中国艦船に妨害されたグレゴリオ・デル・ピラー(Gregorio Del Pilar)は、米沿岸警備隊で1967年に就役したハミルトン級の艦船で、昨年引き渡された際には武装の多くが外されています。しかしこのクラス(3200㌧)でもフィリピン海軍が保有している船では最大なのです。近いうちにマニラで海軍が最大限イニシアティブをとって購入できそうなのも、やはりグレゴリオ~同様に軽武装されたハミルトン級で、両国間の大きなパワーバランスを埋めるのは非常に厳しい模様です。

3つ目に取り上げるのは中国の北極海へのアプローチについてです。16日付のワシントン・ポスト紙が報じたところ、中国は北極評議会(Arctic Council)のオブザーバー入りを目指しスウェーデンの支持を得たと外務当局者が明らかにしました。(北極評議会の加盟国は8カ国、米国、カナダ、ロシア、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、アイスランドです) また米海軍大のEricksonらの分析ではデンマークも中国との経済関係強化を優先しており資源豊かな、また新航路が地政学的に大きな影響力を及ぼすであろう北極海において中国のプレゼンス拡大を認めることになろうとのことです。

最後に注目のニュースは、先般北朝鮮の失敗したミサイルに中国のテクノロジーが使用されていた、あらゆる武器や関連した部品材料、金融取引、技術指導等を禁止した国連決議1874号に違反していたのではないかという疑惑です。Financial Timesの記事によれば、国連安保理にアドバイスする専門家委員会が北のミサイルの運搬装置の画像映像を調査しているとのこと。過去のパレード映像やインテリジェンスでイランの技術が転用されていたことは知られていましたが、中国のそれが取り沙汰されたのは今回が初めてです。もし事実と確認されたなら今後の六者協議やワシントン、東京、ソウルとの関係を変えることになるでしょう。もっとも、北朝鮮に技術供与などが為されたのが制裁が効力を持ち始めた2006年以降であることが証明されなければ、残念ながら国連安保理決議違反と断定はできないようです。

4/17/2012

ぐっばいサルコジ

most unpopular president in historyだってさ。史上もっとも不人気なエリゼ宮の主ニコラ・サルコジが惨めな負け犬になる日が迫っている。22日の大統領選第一ラウンドは目前、世論調査によれば依然として決戦の5月6日の第二ラウンドで社会党のオランドに投票するという声が55%、サルコジは45%と二桁リードを許している。

おまけにジャック・シラク前大統領もオランドに票を投じると側近が話したことが報じられている、シラクはサルコジと同じ右派UMPなのにね。もっとも二人の仲は長年険悪なもので、昨年シラクが出した回顧録でサルコジを「短気で(irritable)、軽はずみで(rash)、自信過剰で(overconfident)、特に自身に関することに疑いを挟むことを許さない」とこき下ろしている。

「もっと働きもっと稼ごう」のスローガンを掲げて大統領になったものの、経済は他の欧州諸国同様によろしくなく、前回2007年にアピールした労働者層は離れてしまっている。移民や外交で右派に擦り寄ることで巻き返してリードを縮めたがまだまだ遠く及ばない。

昨年11月あたりからtwitterで繰り返しと再選の芽はあまりないと踏んでいたが(下はその数例)、期待通りに運んでいるようで何よりだ。

我らのベルルスコーニも遂に舞台を去る、次のG8は寂しくなる。サルコジも来年後を追うやもしれぬ。
https://twitter.com/#!/DaichiNotGaea/status/134067568607629313
ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャで既に首脳交代、Sのスペインも今度の選挙で政権交代。来年はサルコジもバイバイになりそうと、欧州のdebt endドミノぱねぇ。
https://twitter.com/#!/DaichiNotGaea/status/134525095413686272
来年サルコジが落選したときの英メディアの反応が楽しみでならない。全力でm9(^Д^)プギャーするだろう。
https://twitter.com/#!/DaichiNotGaea/status/145841331829350400

2月17日に英仏防衛協力についてキャメロンと会談した時にBBCの特派員は「サルコジがキャメロンに会うのはこれで最後になるだろう」とコメント。ただでさえ英国は大陸欧州を見下しているが、Merkozyとか呼ばれちゃってドイツと枢軸組んで鼻息あらくブリテンに突っかかってきた身の程知らずな小男には相当うんざりしていたのだろう。

Financial Timesなどはサルコジの逆批判に'Yeah well, we don't like you either, Sarko'とブログで返している。彼は選挙キャンペーンの中でアングロ・サクソンモデルに厳しい批判を浴びせた、大統領になった時はそのアングロ・サクソン流の経済にすると訴えていたのに。彼は記憶力はあまり良くないようだね。

さよならサルコジ、ぐっばいサルコジ。落選翌日の英国面の新聞を読むのが今から楽しみだよ、私は。

4/16/2012

フィクション、あるいは「神話」が失わせるもの

奥山氏の「カーナビは使うな!:テクノロジーの落とし穴」を読んで。


安全保障にとって大事なのはイマジネーションだ。Thinking about the unthinkableというのは1962年のハーマン・カーンの著作の題だ。彼がそこで考えたのは熱核戦争についてだった。このようなとても起きてほしくない、考えたくない我々の生存を脅かし得る不都合なシナリオに目を向ける能力が根本的に不足しているのが今の日本政府だ。'Hope for the best and prepare for the worst'という英語のことわざ(proverb)があるが、彼らはand以降が欠落している。

このことは現在の民主党政権三代でも、言うまでもなくその最たるものが東日本大震災で起きた原発事故とその対応であるが、はっきりと可視化されている。しかし幅広い文脈で捉えれば我々が直面しているこの問題はより広範にお偉方にあてはまることになるだろう。衆議院がサイバー攻撃を受けた後の昨年11月の時点で、そうすることを促されたにもかかわらず、議員の45%しかパスワードを変更しなかった。これがウイルスを仕込んだフラッシュメモリー媒体一つでイランの国家プロジェクトたる核開発プログラムにダメージを与えられるサイバー戦争時代に容認できないリスクを生起させることを55%は想像できていないのだ。

カエサルはガリア戦記に「人はほっするところのものを喜んで信じる“libenter homines id quod volunt credunt”」と記している。これは人間誰しもが持ち合わせているだろう性質だが、宗教のような強いフィクション、神話によって強化されることで「見たくないもの」に目を向ける能力、信じるものの外に思いを巡らす想像力が損なわれるのだ。福島の失敗の根本的原因は非現実的な「安全神話」に逃げ込み、最悪の事態を想定して備えなかった人的側面にあるだろう。技術的にロボット大国でありながら、原発事故に際して重要な役割を日本のテクノロジーが果たすことはなかった。(2011年)4月10日に投入されたハニーウェル社のTホーク、17・18日に建屋に入ったアイロボット社のパックボットはともにアメリカの軍用テクノロジーだった。(軍事を放擲している)日本のテクノロジーはそれが最も必要とされる時と場所において働きに限界があった。

では政・官・学その他諸々が不可欠なイマジネーションを持ち合わせていない、安全保障観とガバナンスの喪失の根源はなんだろうか? アダム・スミスは『国富論』で主権<国家>(the sovereign)の第一の義務は社会を他の社会(国家)の暴力と侵攻から守ることでありそれは軍事力の手段によってのみ遂行されるものと書いてる。この防衛という第一の義務に対してあまりにも無関心なのは無視されるべきではないだろう。そして今日まで防衛・安全保障に関して考えないことのイクスキューズとして用いられてきたのが憲法的制約、とりわけ集団的自衛権の行使に関わる部分が挙げられよう。

2012年4月14日号のThe Economistの記事では漸進的により現実主義的に向かいつつある日本の変化を取り上げつつ'Whether Japan would be prepared to do more fighting, if the worst came to the worst, is quite another matter.'と核心部分に疑問を呈している。また同記事では中国の軍事的台頭に恐れを抱きながら日本が公にこれについて議論していないことが指摘されているが、手短に言えば相変わらずこの分野について深く考えることをしていないのだ、この期に及んで。織田邦夫元空将は日本の外交安全保障の基軸とされる日米同盟における喫緊の課題として、普天間問題と集団的自衛権の問題を上げている。しかし普天間問題も結局のところ日本の集団的自衛権に係るスタンスが鍵となろうし、加えて今南スーダンへの陸自派遣等でPKO法改正が議論になっているような国際平和活動や国際安全保障協力の分野においてもクリアされるべき課題なのだ。

自民党政権時代から「憲法」を盾に右往左往し続けてきたことで、ハイポリティクスの決断を避けてきたことで、これを行なう上で欠かせない戦略的思考やリアリズムが衰えることになった。憲法的制約に下駄を預けることで、政治家たちは安全保障についての思考や判断を回避し、その結果としてこれに関わる感覚や能力が養われてこなかったのだ。この問題は目新しいものではない。にも関わらず議論は沈滞し長らく先送りされ続けてきた。実際問題として集団的自衛権行使の解釈問題は政治的な、高度な政治的な決断によって解決されるものであるにもかかわらず。

原発の安全神話や憲法的制約といったフィクション、「神話」、共同幻想が我々の豊かな想像力を阻害する。「経典」の教えに従っていればいいとする宗教原理主義者は自堕落で狭隘な物の見方を身に付けるだろう。進化論否定など格好の例と言える。GPSのようなテクノロジーがある人間の感覚能力を退化させるように、これら人間が生み出したフィクションもまた我々のイマジネーションを制約し得るのだ。

4/15/2012

オフショア・コントロールその2

 オフショア・コントロール戦略は競合する戦略の成果と比較されなけばならない。しかし残念なことに国防総省はASB(エアシーバトル)の作戦的概念しか出していない。ASBは実際には戦略の正反対(anti-thesis)である。それはどのように望ましい紛争終結へと導くかの説明なしに完全に戦術的な兵器システムの運用に焦点が当てられている。ペンタゴンの新しいJoint Operational Access Conceptは'Air-Sea Battle is a limited operational concept'と定めている。

オフショア・コントロールによって抑止と確証をその実現可能性と透明性から増すことができると考えています。エアシーバトルは用いられるテクノロジーを含め機密要素が大きく、ゆえに敵国も同盟国もどの程度信頼を置けばいいのかが難しく、ひいては抑止と確証についてジレンマを生じさせることになります。一方でオフショア・コントロールは対照的に共同演習などを通じて、敵味方双方に、米軍がいかなる戦略をとるかを知りこれを実行する能力があることを知ることができるとしています。

オフショア・コントロールの二つ目の利点はオーストラリアを除いた同盟国に駐留基地を必要としない、同盟国への依存を減らせることにあります。曰く、オーストラリアからマラッカ、スンダ、ロンボクの海峡を封鎖するのを支援する基地のみが必要とされます(前回のdominateの達成)。パートナーとなる国はその海・空において中国の攻撃から米軍が守ることを容認しさえすればよい(defendの達成)、防御は地上基地からの防空と短距離の機雷と対機雷の能力を含む海防に非常に依拠するだろうから、米国は平時において潜在的同盟国がこれらの能力の整備につとめることを促しつつ定期的に共に演習を行なうことができます。

またHammesはオフショア・コントロール戦略がこのように同盟国の必要な戦力強化と連携を平時から進めるとともに、米国が中国を攻撃することに基地使用を求めることはないだろう、パートナーの空海地を守るに足るディフェンシブなプレゼンスのみを求めるだろうと述べています。平時の訓練演習でインターオペラビリティを高めつつ、紛争が起きたときに米国側に加わるコミットメントは求めないだろうと指摘もしています。

オフショア・コントロールはASBと違って中国への直接攻撃は外交的解決、関係を踏まえると有用ではないとこれを否定しています。繰り返しになりますが、秘匿(secrecy)に依拠するASBと反対に外交官や軍人に戦略と作戦のアプローチを説明することを許容することで、不確実性を引き下げるように図ります。端的に述べるとASBがwar-fightingドクトリンならオフショア・コントロールはwar-terminating、いかに手早く紛争を終え平時に戻すかに主眼を置いた戦略と言えるでしょう。

この文脈でオフショア・コントロールの利点として核のエスカレーションの可能性を低減することが挙げられます。中国本土に対する攻撃やサイバー、宇宙空間におけるfirst strike、第一撃をとらない、その価値を引き下げることで、戦争の火蓋を切るインセンティブを減らすことでもって抑止の価値を高めることができます。遠距離の海上封鎖は上記のものと違って中国の早期警戒・司令管制システムが脅かされることなく、北京が余裕をもって判断を下すことができるようにします。ASBの求める攻撃は彼らに不十分な情報に基づいて性急な決定を余儀なくさせる恐れがあります。

信頼されるために戦略は経済的に予測される国防予算の削減の範囲内で持続可能なものでなければいけません。オフショア・コントロールは新たに大型の調達プログラムを要するであろうASBとは対照的に、既存の能力をベースに実行できるものです。敵の防空を貫くプラットフォーム、そのシステムのコストは非常に高くつきます。加えて、制海(sea control)はこれの拒否(sea denial)よりもさらにコストがかかります。オフショア・コントロールはA2/ADへの中国の投資の多くを無効化し、そのコストを相手の負担へと転化させることを狙います。

オフショア・コントロールは米軍の潜水艦戦力と第一列島線内側におけるsea denialを達成する機雷戦の優勢の上に成り立つものです。基本方針としては中国に数的に限られた長距離の戦力を米国と同盟国の海空地の統合された防衛にぶつけることを強い(相手の距離で戦わない)、唯一の例外が列島線内でも戦術上のアドバンテージを活かせる潜水艦となります(A2/ADで封じられない)。


大雑把にまとめますと、①中国側にこちらの戦略意図と能力を思い知らせることで抑止をより確実にする。 ②第一撃の価値を引き下げ敵本土における管制システムなどへの攻撃を最小限にすることで、北京が冷静な判断を下せるようにし核のエスカレーションを防ぐ。③現有の能力を基軸にすることで財政負担を軽減すると同時に中国側のA2/ADへの投資を無効にすることでむしろ相手の投資を非効率で負担になるものにする。 これらの点でオフショア・コントロールはASBより適切であるということが言われます。

なかなか興味深い案の一つだと個人的には受け止めています。(米軍の戦略文化上ありがちな)敵戦力の撃滅、完全な破壊ではなく戦争終結までの経路とそこで必要不可欠な北京の意志決定環境まで考慮にいれている視点はより戦略として洗練されていると評価したいです。本文でHammesはクラウゼヴィッツの原始的三位一体の感情passionに着目し、これが一度戦争が始まった後でしばしば推進力になるとし、今日の戦略家はこのポイントを見逃さないのが極めて重要だと簡潔に指摘しています。オフショア・コントロールがコントロールするのはオフショアという地理ともう一つ、北京の指導層の心理となると言えましょう。

累積的な海上封鎖はどのみち長期戦を想定した場合やることになるでしょうし、マラッカ・ジレンマ、SLOCsをチョークポイントで締め付けるというのは敵の弱点をつく戦略の基本です。またHammesが主張しているように同盟国が自身の領域防衛の能力を高めるというのは至極当たり前のことでしょう。第一列島線内で不可欠となる潜水艦と機雷という分野では、我が国の戦力もカウントされるところだろうと理解します。

そもそも論としてA2/AD対応で戦力投射能力を維持していく目的でASBDが出てきたわけですが、そもそも論として中国の政治的・軍事的目的の達成を妨害制限しつつ此方側の目的を達成する上でA2/ADを打ち破る必要性があるのかももっと問われていいところだと思います。DF-21Dなどで空母機動部隊を無力化する、言わばティルピッツの「リスク艦隊」理論の現代版、fleet in beingならぬmissile in beingとでも呼びましょうか。

しかし北海に集中させたドイツ海軍大洋艦隊が王立海軍Grand Fleetを釘付けにしても戦争の勝利には繋がらなかったように、空母機動部隊を東アジアの海で自由に行動させないだけでは中国が望む政治的結果を得るには不十分でしょう。

Much like Britain could choke off German trade and commerce in both world wars without contesting the North Sea, so the United States can impose a distant blockade on China should China use of force against U.S. interests and allies in East Asia.

米空軍大学(Air War College)のDouglas C. Peiferは'China, the German Analogy, and New AirSea Concept’ Orbis, Winter 2011で「もし中国がno go zoneを第一列島線で敷こうとしたら、米国と同盟国は沿海と台湾海峡を越えた場所での中国の戦力の投射を制限できる」と述べています。加えて中国海軍の限られたASW能力を考慮すれば、列島線内でもPLANの行動を逆に制限するのは取り得る選択肢になるでしょう。新世代の長距離爆撃機、在来型のグローバル打撃力、スペースコントロールとサイバー戦能力と、ASBDがリソースを割くことを求める戦力の拡充もいいですが、戦い方の発想、戦う場の設定を切り替えるのは次の戦いの先に望ましい結果をもたらす上で有益でしょう。


4/13/2012

オフショア・コントロールその1

我が国の防衛大臣がエアシーバトルドクトリン(ASBD)をどの程度理解したかなあと疑問に思いつつ、今日からASBDとは違うオフショア・コントロールという戦略概念を紹介します。オフショア・バランシングではなく「コントロール」です、ここが鍵です。

これは米国防大学国家戦略研究所戦略研究センター(the Center for Strategic Research at National Defense University's Institute for National Strategic Studies)のシニアフェロー、Dr.T.X.Hammesが'Offshore Control: A Proposed Strategy' Infinity Journal, Vol.2. No.2 pp10-14で提唱しているものです。

今米軍が進めているASBDについてHammesは主に、エスカレーションを招きやすい≒北京の意思決定者の不確実性を高め核報復のリスクが高まる、新たな大々的な調達プログラムを必要とするので財政負担が重く持続可能でない、という二点で懐疑的です。

軍事戦略はしばしば紛争における成功のためのガイダンスとしてのみ見られる一方、紛争以前の抑止と同盟構築の役割もまた不可欠である。

Hammes曰く、あらゆる中国と戦うための米戦略は次の三つの事を達成しなければいけません。

1.米国の同盟国が米国を頼りできることを確証する。
2.中国に米国の戦略を打ち破れないことを確信させることで中国の侵攻(aggression)を抑える。
3.戦争になったら全面核戦争へのエスカレーションの可能性を最小化しつつ勝つ。

この戦略を組み上げるのを複雑にするの要素は2つ。1つめはこれから始まる影響力とプレゼンスの維持コストを大幅に減らすことを要求する国防予算の削減、2つめは米中間の紛争のための「良い戦略」なるものはないということ。(いかなるニ大国間の紛争もグローバル経済にとって大打撃で、望ましいアウトカムは不可能)

オフショア・コントロールは領土を守る意志のある国と組みながら中国の海上貿易を阻止する。(オフショア・コントールは)決定的な<軍事上の>勝利よりも手詰まりと停戦をもたらすために中国本土のインフラへのダメージを非常に制限しつつ経済的に消耗させる戦いを追求する。戦争終結は動的破壊(kinetic destruction)よりも経済面での摩耗を通じるものになる。

Hammesはエリオット・コーヘンの戦略モデルを用いて前提(assumption)、一貫した手段方法目的、優先順位、配列と勝利の法則(theory of victory)に解剖してオフショア・コントロールを説明しています。

key assumptions

1.中国が紛争を始める。
2.中国との紛争は長い戦争になる。
3.米国は中国の核使用の意志決定プロセスを理解していない。

ends-ways-means


予算削減と新しい兵器調達コストの急増から米国はプラットフォームとシステムの大きな能力工場に頼れない、手段は制限される。加えて中国の核兵器により米軍の取り得る中国のアセットへの攻撃方法に制約がかかる。

オフショア・コントロールには地理条件に応じた3つのD(deny、defend、dominate)がコンセプトとなる。

deny:いわゆる第一列島線の内側で、中国の侵入できない排他的海上区域を、優勢な潜水艦、機雷と限られた数の航空戦力で設定する。侵入してきた中国艦艇を沈めることでエンフォースメントする。

defend:積極的に米国を支援する同盟国を守るためすべての軍事アセットを用いる。海空軍は中国本土から離れたところに動かし、中国にロングレンジで戦わせる一方で米国と同盟国が統合海空防御の一員としてその領域上で戦えるようにする。

dominate:インドネシアの列島線に沿ったチョークポイントで遠距離海上封鎖を敷き、海空陸そして民間から借りたプラットフォームを利用してタンカーやコンテナ船をインターセプトと方向転換する。

これにより戦争の穏健な帰結を迎える。核兵器がある以上、中国共産党の崩壊や降伏を目論み追い込むのは危険すぎる。ゆえに戦争終結のゴールは停戦し戦前の境界線・領土に戻ることになる。

priorities and sequencing


真っ先にやることは同盟国の防衛強化。次に遠距離海上封鎖。それから排他的海上区域の設定。最後に第一列島線の外を支配して対中封鎖を締め付けるとともに同盟国への貿易の流れを確かにする。特に重要なのが平時の準備。この戦略は透明性が高いので、同盟国に説明しオープンにすべてのプランの要素を訓練演習できる。


theory of victory


オフショア・コントロールは中国共産党に、かつてインドや、ソビエト、ヴェトナムとの紛争を終結したのと同じ形で戦争を終えることを認めるのを模索する。中国に「敵に教訓を教えてやった(taught the enemy a lesson)」と宣言することを認める。中国本土の施設等への攻撃を禁じることで、エスカレーションの可能性を減らし、中国が前述の宣言をしやすいようにお膳立てし、戦争を終える。オフショア・コントロールは決定的勝利を求めない。これは核大国相手の決定的勝利という概念が時代遅れだと認識している。


さて、ここまでがオフショア・コントロール自体の概念の説明です。敵戦力の減衰・殲滅よりも戦争継続の意志を萎えさせることに主眼を置いた、もっと言えば中国指導層の意志決定をコントロールしよう(核を使わせない、双方の傷が深くなる前に矛を収めやすくする)という意図を含んだ戦略ということがわかります。

勘のいい方はお気づきかもしれません、次のエントリーでHammesが主張するこの戦略の利点、オフショア・コントロールが(そもそも彼曰くoperationalであってstrategyではない)ASBDと比較してより望ましい戦略であることを説く中において、彼はオフショア・コントロールはオーストラリア以外の同盟国に基地を必要としないと述べています。

言うまでもなくHammes一個人の研究者としての見解を示したものであり、ペンタゴンやホワイトハウスがこのコンセプトを容れて政策立案するわけではないのですが、未だぼんやりとして実現可能性を疑う(主に財政的に)声もある作戦概念であるASBDや、政治的財政的また軍事的にもコストとリスクが高まっている従来の前方展開とは異なった発想、戦略的オルタナティブが存在し、ぶつけられているということは知っておいて損はないでしょう。

私自身の意見はHammesやこれまたいずれ取り上げる米空軍大学の教授のdistant blockade論に近いです、主流ではないんですけどね。これは別の機会で掘り下げますが、こうして米軍が戦略を進化させていく理由の一つに中国のA2/AD戦略があります。私の修論のテーマでして、ドイツ海軍(ティルピッツ)やソ連海軍(ゴルシコフ)のマハンに連なる戦略思想を踏まえながらPLANの戦略発展を研究していたのですが、A2/ADに正面から力で制圧する(overwhelm)戦略で対抗するのはリーズナブルじゃないなあと考えています。

でも豪ダーウィンやココス諸島に基地を置き、インド洋から西太平洋までカヴァーする現行の方針は、オフショア・コントロール派と相容れるものだと評価しています。'dominate'のキャンペーンに応用が利くでしょう。

4/12/2012

キャメロン訪日とその一歩を踏み出した日英共同開発

就任して2年が経つのを前にキャメロンは古き友、古き同盟国との関係を強化し貿易投資を促進するために来日しました(二国間で英国の首相が来日するのは2003年のブレア以来)。日本に来る以前にインドや中国を訪れたときも何十社とビジネス代表団を引き連れていましたし、アラブの春エジプト革命が起きて間もない頃の中東歴訪では防衛産業8社の人間を伴って兵器セールスを促進して批判を受けたこともあります。経済が厳しい中で歳出削減に取り組んでいるキャメロン政権にとって、貿易とビジネスを推進することは外交の大きな柱の一つと言えるでしょう。来日と同時に発表された日産による1億2700万ポンドの英工場への投資を雇用を生むと称揚し、日英あるいは日EU間のEPA/FTAにも積極的なアプローチをとっています。

もっと大事なことに、10日にデービッド・キャメロン英首相が訪日し、日英の新たな戦略的パートナーシップが打ち出され、昨年末の武器輸出三原則緩和後はじめて共同開発するパートナーに正式に英国を選びました。首脳会談で言われたこれから決める具体的な装備の見当というか、英国側の意中とされるヘリコプターについて調べているのを備忘録的にまとめようと思います。

there are opportunities for people like AgustaWestland, who make helicopters, who are on this plane.

キャメロンが協力する具体的な装備で報道陣に対して挙げた「ヘリコプター」と、代表が同行して来日した防衛企業6社。これはguardianの記事によればBAE Systems、AgustaWestland、Rolls Royce、MBDA、Thales、Babcockの名前が出てますが、このうちBabcock社以外の5社は例えばSea Kingヘリコプターとその装備に関係しています。詳しくはこちらのNaval Technologyのページ(英語)をご覧いただければ早いです。

上のサイト曰く機体はAgustaWestland、エンジンはRolls Royce、魚雷はBAE Systems、対艦ミサイルSea EagleがMBDA、アップグレードされたAirborne Surveillance and Controlヘリに搭載されているSearchwater 2000レーダーシステムはThalesがそれぞれ担当しています。この5社を伴って多用途ヘリコプターを共同開発をしたいという意向を英国側は示しましたが、様々な型と用途があって――Mk4、’Junglies’は部隊輸送、Mk5は捜索救難、Mk7'Baggers’は2003年までは低空の敵航空機やミサイルから艦船を護衛――イラク戦争のときは空母HMS Ark Royalを離発着して任務に臨み、またリビアでのOperation Unified ProtectorにおいてはHMS Ocean艦載でISTAR能力でアパッチ攻撃ヘリの(侵入と帰還ルートの)アシストをしていた(以上の情報はDefence System 2012 Springのp75、Simon Michell氏の稿に依る)このヘリは、次に開発するもののベースとして我が国海自にとっても色々と魅力的なのかなと思いました。

イラクでISTAR能力を活かした監視で地上の脅威を察知してデータリンクを通じてRoyal Marineに送ったりアフガンでIEDsや麻薬密輸業者を発見したり、と方々のミッションにおいて不可欠・重要な役割を果たしてきたASaC7は2016年までに全て退役し、AW101 MerlinがASaCの役割を引き継ぐことになっています。英国としては軍縮のなかで自国の防衛産業を維持する上でも、アジアのマーケットと日本のニーズを鑑みた上でも、この後継機・次世代機にあたるものを共同開発でやりたいのではないかなと邪推した次第です。(フジサンケイ・ビジネスアイの「軍用ヘリ、争奪の空中戦激化~」の記事が軍拡競争で急成長しているアジア市場の事情について参考になるかと思います)

またキャメロンが具体名を挙げていたAgustaWestland社は以前にはAW101ヘリコプターを14機、防衛省と契約、日本では川崎重工がライセンス生産して2006年より現在まで計7機納入された「実績」があります。こちらもエンジンは日本ではRolls Royce社を採用、またASaC7に使われていたThales Searchwaterのレーダーを転用するという話もあり、兵装にはBAE Systemsが当然の如くタッチしています。こちらのアップグレードを日英防衛装備共同開発の対象にゆくゆくは、というのも考えられるかもしれません。

キャメロンは陛下に謁見し、日産を訪れ、日英首脳会談を済ませると11日に次の目的地インドネシアへと飛びました。その次には欧米首脳としてはじめて改革を始めたビルマ/ミャンマーを訪問する予定です。今回彼と野田首相の間で政治的に合意を得たものが事務方で詰めて形になる、明確なプロジェクトになるまでは暫く時間がかかりますが、これをステップに両国がさらに緊密に安全保障を含む広範な分野で協力を加速させることを期待したいと思います。

(補)今回は他に民生用原子力での協力の枠組みが打ち出され、宇宙分野での協力について覚書が取り交わされたようです

4/10/2012

Give diplomacy a chance.なイラン関連ノート。

日本のプレスメディアはメッセンジャーピジョンのイラン訪問を(元首相である以上仕方ないとはいえ)ウェイトを置いて取り上げているけれど、今のところHatoyamaでググっても外信はほとんどスルーしている(メジャーなところはWSJのブログJapan Real Timeぐらいか)。だいたい日本の元首相(ex-PM)は毎年一人のペースで量産されているし、もっと言ってしまえば今のイランの核開発を巡る国際政治・外交において、日本に何らかの出番があるという考えは非現実的だ。
 この2,3日だと米国の「民生用なら認めます」というボールやトルコでイランと常任理事国+ドイツの交渉が再開される運びとなったことのほうがよっぽどニュースバリューがある。鳩山程度で騒げているのはこのような大国間のゲームに我が国が不参加、蚊帳の外であることの証左だろう。

 だいぶ前の報道になるが、米国防省筋だったかが4月から6月に対イラン開戦はありうるという話が出ていた。十中八九、次の3ヶ月に中東で新たな戦争をおっぱじめる意図は少なくとも米国側にはないし、イスラエルのネタニヤフ首相とバラク国防相は意欲的にしてもやはりすぐに攻撃に踏み切る公算は低い。米・イスラエル間には、加えてイスラエルの政治サイドと軍・インテリジェンスサイドにもだが、見解の相違、脅威認識のギャップといったものが依然として深くある。先日米議会に提出された報告書では、イランの核開発は2011年にいくつかの障害に直面していたとある。

 この報告書によればイランは・・・

1)2011年11月時点で3.5%のウランを4150kg、20%に濃縮されたものを80kg有している。
2)2010年8月から2011年11月の間に遠心分離機の数は約10%減った(8900→8000)一方で、稼働している数が3800から6200に増えた。
3)フォルドウの地下に20%の濃縮ウランを生産する燃料濃縮施設を導入した(イランはR&D目的とも説明している)
4)2009年8月からエスファハーンのUAFを保守点検のため休業しており、2011年11月まで当該施設でのウラン生産を延期していた。
5)輸入したイエローケーキの貯蔵をほぼ使いきった。

とある。米国からすればまだイランは核兵器開発の鴨居をまたいでいない、point of no returnを過ぎていないと見られるし、対イラン戦の影響、特に原油価格高騰が世界経済に及ぼす影響、他にも地域の同盟国や米軍が攻撃を受けること、米国や欧州でテロのような非対称的な戦術をとられるリスクを考慮すれば決断は容易ではない。イスラエルにとってはシンプルに自国の安全保障問題だ、直接イランの核の脅威に晒されるのは受け入れがたいし、他にもイランが後ろで糸を引いているレバノンのヒズボラらが勢いづくことも懸念され得る。この点、自国の生存第一でありイランが核兵器取得するまでのタイムリミットをシビアに見ているテルアビブとワシントンとではズレが生じるだろう。

 しかしイスラエルと米国は手段の点において摩擦が起きても、追求するゴールはイランの核武装阻止という点で同じだ。イランの核武装は①それ自体が国際社会、周辺諸国の脅威になり得る ②サウジアラビアなどが核抑止力を欲し中東が核のジャングルになる ③よく管理されていない核物質が紛失、あるいはイラン当局が積極的に流すことで、ならず者国家やテロリストへと核が拡散する という点で安全保障を揺らがせるだろう。

 仮に攻撃があるとして、個人的には秋の9月10月が最も有り得る季節だと見ている。あまり先になると核開発が進展してしまう可能性があるし、それ以前は米・イの国内政治力学でみても国際社会で一定の正統性を確保する点においても時間が足りないように見受けられる。

 イスラエルで最終的に決定を下すのはネタニヤフだ。しかし元モサド長官や元軍高官、現役の中にも反対意見が出ているし、何より作戦上決定的な要因となるであろう地下核施設破壊の可否についてはバンカーバスターでも不可能と言われており、この問題がクリアされる見込みがなければルビコンを渡ることはないだろう。ナタンツやフォルドウの破壊が達成されないイスラエルの攻撃は核開発プログラムの破壊や遅滞ではなく、むしろ促進を招くことになるだろう。(成功しても完全にイランの核開発の息の根を止めることにもならないのだが)

  空爆を避けるために地下に設けられた核施設を叩く可能性があるとすれば、Massive Ordnance Penetratorが、3万ポンドの新型バンカーバスターで200フィートのコンクリートも貫通できるとされる、が有力のようだ。3月22日付のフォーリン・ポリシーの記事は他にもどのように対イランのコンティンジェンシープランを用意しているかに触れている。

 記事で言及された米軍のWar gameでも十分すぎるほど想定されているように、イスラエルの単独攻撃で大規模な地域紛争に陥る。ならば、外交によって断念させるというおよそ上手くいく見込みが低い路線が頓挫したときに、米国がイニシアティブを取る、取ると見せる可能性は残るだろう。あらゆる手段がテーブルの上にあるというのは常套句だが、オバマは最終手段で空爆を取るだけの決断力はあろう。それは昨年ビンラディン殺害のときに見せたものだ。

 イスラエルは仮に反撃で数百名のイスラエル国民が犠牲になろうとも、国家の生存を確証できると判断したら、米国との関係を損ねても国際社会の批難を浴びようとも、イラン攻撃を決定できる国家だ。その自国の生存権という論理で動くところ、国民国家を守ろうという意志には敬意を払わざるを得ない。核武装したイランを「封じ込める」というリアクティヴなオプションがないことも理解できる。

 しかしながら、ここは外交にもうしばらく猶予とチャンスを与える局面だろう。既に発動されたいくつかの制裁がテヘランの意志を挫くことができなくとも、そこに武力行使をよりやりやすくする土俵が出来てくる。また戦略上の目的を果たすために、ここではイランの核武装を絶対阻止することだが、イスラエルにとって単独で行動するよりワシントンの協力を得られたほうが有利なのは明白だ。最終的に別の手段によって政策を継続する羽目になるとしても、正統性を最大限高め、作戦成功率を高めると同時に不確実性を低減させるためには時間が必要となろう。

4/08/2012

日英防衛装備共同開発に思う

先週半ば(4・5日)に各紙一斉に――もっと早くに産経が取り上げていたが――報じられた、日英での防衛装備/武器共同開発の話に感慨ひとしおになった。昨年末に武器輸出三原則を緩和し、従来「例外的に」米国と行なっていたのを除けば、日本が初めて組む先が英国になる。先のF-X選定でユーロファイターを選ばなかった埋め合わせともあるけれど、そうでなくともIISS発行のMilitary BalanceやストックホルムのSIPRIの報告書にある通りにアジア地域の国防予算は現在ハイペースで拡大しており、「市場」として欧米は大いに注目している。英国側からすれば足掛かりを築くというのもあるだろう、歳出削減の影響で厳しい――工場を閉めて従業員を解雇している――国内防衛産業にとっても共同プロジェクトはプラスになるのだろう、たぶんおそらく。

約1年前、マスター留学している際に、幸運にもRUSI(英王立統合国防安全保障問題研究所)でリサーチアシスタントをする機会に恵まれたが、その時扱ったのが何を隠そう「日本の防衛産業」だった。契約上守秘義務があるから詳細は一切伏せるが、我が国の防衛省にどんな装備を納入しているのかとか、海外の(畢竟、米国の)どの防衛企業と関係が深いのかとか、もっと言えば政治的スキャンダルや天下り関係について、クライアントの某企業(下っ端だったので具体名は知らない)に提出する研究報告書のためのリサーチを担っていた。

(こう書くとなんだかスパイっぽいけれど、全てオープンソースインテリジェンス、ネット上で収集できる公開情報に基づいてのものだ。当局関係者へのヒアリングはボスの担当であり、自分はせいぜい日本語ソースを翻訳してブリーフィングするのが主だった)

携わっていた時はF-Xが主眼だったろうが、兎にも角にも、あちらさんが日本に関心を持っているんだということはこの経験から知ることができた。繰り返すが下っ端だったので多くは知らされていない、それでもあの時研究プロジェクトに短期間だったが参加し、報告書の形になったものがこういう場面で何かの役に立って両国の安全保障の領域での協力に資することがあったらいいなあと思う。

3/16/2012

終ったコンサバティブ、略してオワコン。

「アメリカ衰退の神話'The myth of American Decline'」で先月話題になっていたRobert Kaganがアメリカが世界をより自由に、安全に、より豊かにしてきたんだよ!!!とCNNへの寄稿で述べているのを見て苦笑いを浮かべるなど。

「1941年には1ダース程度だった民主主義国家は今日は100以上に増え、20世紀の後半に世界のGDPは年平均4%増え、十億単位の人々が貧困を脱し、過去60年にわたって(大国家間の)戦争はなくなった」

それもこれをアメリカがグローバルなリーダーシップを発揮して秩序を維持してきたからだ、アメリカがその地位を退いたらこの秩序は誰が維持するんだ? という根本的な疑問には確かにポストアメリカを主張する知識人層は答えることが求められるだろうけど、彼が心配するようにパワーシフトがロシアや中国のような専制国家に好ましい世界秩序を形成することは考えにくいし、自由主義市場経済はジグザグ走行を余儀なくされつつももっとも優れた世界経済システムとして生き残るだろう。ロシアや中国の「国家資本主義」が米国「市場資本主義」に取って代わることは、おそらくない。もっと言えばNiall Fergusonが指摘するように、程度の差こそあれWe all are state capitalists!じゃないかと。

アメリカの相対的衰退、dominant powerから頭ひとつ抜けたgreat powerへの「降格」がそのまま既存の国際秩序の退潮に結びつく。このようなKaganの主張はネオコン特有の傲慢(hubris)であるなと思うね。

3/15/2012

COINだよ

MA in War Studies在籍時に対反乱戦についての論文を読んでいたとき(2011年1月)のメモ。JSSの「19世紀COINドクトリンの起源」を下敷きに。 

参考にMilitary Review 2006 Jan-FebのペトレイアスLearning Counterinsurgencyで示された14箇条を以下に抜粋。

その一、自分たちの手であれもこれもやろうとするな。
その二、素早くこなせ、「解放軍」の消費期限は短い。
その三、金は弾薬なり。
その四、利害関係者の数を増やすのは成功を左右する。
その五、費用対効果を各作戦の前に分析すること。
その六、インテリジェンスは成功の鍵。
その七、みんなで国造りをしよう。
その八、部隊部署だけでなく制度機構を建設するのを手伝おう。
その九、文化的地勢を知るのは支配力を増幅する。
その十、対反乱作戦の成功は単なる軍事作戦以上を要求する。
その十一、最終的な成功は地域の指導者次第。
その十二、(直接任務にあたる)戦略的な下士官のことを想起せよ。
その十三、柔軟で適応性あるリーダーの代わりはいない。
その十四、リーダーのもっとも重要な任務は正しい傾向を設定すること。
  • 現地の一般人の信頼と支援を勝ち取るのは重要なのだけど、他方で下士官から政治レベルまで「武装したソーシャルワーカーになる(armed social worker)」ことの重要性を認識させなければ苦労する。フランスのbureau arabはこの点で批判されたようだ。
  • なぜCOINのドクトリンの起源(origin)がフランス施政下アルジェリアだったかというと、英国の帝国主義と対照的に、フランスの植民地拡張と支配がmilitary driven、軍隊によって進められたのが背景のようだ。
  • 英国の「成功例」であるマラヤ危機にしても北アイルランドにしても、非常に長期化している。米国が失敗したベトナム、そしてアフガンも普通の戦争よりも長い! 
  • 長期の戦争で民主主義の諸価値と制度がdeteriorateしていくのは避け難いのだと考えられる。
  • 民主主義国家が当然視しているというか、無意識のうちに抱いている道徳的優越感、諸価値観が傷つけられることの損失は大きい。
  • COINとは単なる強制力を伴う物理的支配(領土とか)ではないのだ、hearts and minds、ひいてはmoralの征服なのだ。
  • 戦時下では人権や自由は抑圧される傾向にある。COINはその時期を長引かせる。Act quickly,とペトレイアスは書いているが、それは何も現地の人々の反感を買わないようにするためだけではない。自由民主政体が壊れるのを避ける上で大事なのだ。
  • COINとは当該地域ならびに自国、そして国際社会なるもののhearts and mindsを勝ち取る戦い。
  • 敵の殲滅や戦意喪失で片を付けるアプローチよりも時間はかかっても犠牲を押さえる間接アプローチが有効で好まれる、しかしそれは戦争モードを長引かせる点において民主政体のリスクに。
rouge米兵によるコーラン焼却に市民16名殺害と、アフガンの人々の心をを逆撫でする件が相次いでいる今読み返すと、失敗に向かっているなと強く感じる。長い戦争の間に欧米諸国は政府も、前線の兵士も疲弊してしまった。肝心のアフガニスタンの中央政府が腐敗している。「腐敗していない連中はその機会がなかっただけだ」と言う有様で、撤退後にめちゃくちゃな状態になることが容易に想像できる。こんな筈じゃなかった、10年前war on terrorをおっぱじめた時の指導者は皆いない、返り咲いたロシアのプーチンを除いて。


2/16/2012

モダコンのプリンシプル

モダン・コンサバティブ、略してモダコン。

従来の保守やリベラルが推進力と説得力を失い、不確実性の高い時代に新たな力強い「大きな物語」を生み出せない今、これらに取って代わり首尾一貫した政策を束ねる新機軸ってやつが必要なんだろう。ということでモダコンをより洗練された哲学として、政策に落とし込む探求をしようと思います。

1.保守の流儀で進歩を達成する

エドマンド・バークの保守哲学に「保守するために改革する」とあるけど、先人の足跡に従いつつ前進し、自由と社会正義を満たす方向に改革してこそ人々がより良く、より幸福になれると考える。英国で奴隷貿易廃止を主導した偉大な政治家ウィリアム・ウィルバーフォース(William Wilberforce)はトーリー(保守党の前身)だった。1867年の選挙法改正で初めて(都市部の)労働者階級に参政権を拡大したのもトーリーだった。マニフェストの先駆けとなったロバート・ピールもトーリーだった。新しいチャレンジをやるのもまた保守なのだということをモダコンは主張する。

2.持たざるものを持つものに

経済成長と所得増加によって個々人のオーナーシップ、自己決定権、選択の自由を拡大し、持たざるものを持つものにしてきた池田勇人の「保守本流」の軌道に戻る。復古主義者の清貧志向やなんちゃってリベラルの脱成長の考え方では達成できないことだ。まず富を創出しなければ再分配政策はパイの奪い合いにしかならず、シルバーデモクラシー化している日本では持たざる若者への配分がなく、未来に希望が持てない社会になってしまうだろう。

3.One Nationの活人社会

広く異なる場所からやってきた人々の結束を呼びかけるディズレリのOne Nation、「一つの国民」のための保守主義の精神をモダコンは継承する。人々が豊かさを取り戻し自らの潜在力を活かせる、活人社会の構築を目指すのがモダコンの核心だ。また旧来の保守と違うのが、女性がもっと活躍できるようにお膳立てする、掛け声だけの男女共同参画ではなく、例えばクオーター制を導入して取締役会や上級管理職の女性の比率を増やすよう求める。One Nationで人々が能力を活かす、そこでは当然女性が今よりも能力を発揮できて然るべきじゃないかな。

4.公・共・民の三位一体とローカル経済の復活

前回レッドトーリーで述べたように「共」、大きな社会でも共同体でも呼び方はお好きなように、政府や市場以外のプレイヤーを引き入れること。具体的には寄付税制で社会貢献し公的部門の役割の一部を補完または代替するNPOを強化したり、官民共同で地域創造基金を設立して地場の中小企業への投資を通じて地域経済の活性化を目的としたりする。ここではケイレツに代表されるような従来のタテのつながりだけではなく、地域の中小企業同士のヨコの連携も促進していきたい。


2/12/2012

Red Tory: 赤い保守主義

 「現代の政党には、政治的または実践的な理論に加えて、哲学的または思弁的な理論さえも必要とされており、後者なしには立ちいかなくなっている」(ヒューム「原始契約について」小西訳、「人性論」中公クラシックス)
赤い保守主義(Red Tory,レッドトーリー)は一つの魅力的な、これからの保守の道を提示し小さな政府を再定義してくれる考え方だ。経済社会的には欧州的福祉国家モデル(welfare state)でも米国発の新自由主義市場国家モデル(neoliberal economics, market state、より純粋な資本主義)でもない、また冷戦終結後の過去20年に見られた「第三の道」(third way)、市場を認め民間企業のマネジメント手法を公的部門に導入する折衷的な形のいずれとも異なるもの、保守・右派の側から新たな基軸を生み出す。

赤い保守主義、現代的で思いやりのある保守(modern compassionate conservative)は社会(society)あるいは共(commons)の補助線を引くことで、従来の公的部門(public sector)と民間部門(private sector)、官と民、国家政府(state/government)と市場(market)の二項<対立>より視野を広くする。

この考えを受容して「大きな社会」(Big Society)を掲げているのが英国のキャメロン首相だ。彼の連立政権下で市民、コミュニティ、チャリティーやボランティア団体(NPO)、地方政府に権限を与えることで官僚的、硬直的だった公共サービスを各地域で効率的に運営維持させよう、そして貧困のような社会問題を人々をエンパワーメントすることで解決していこうという試みがなされている。

これは歳出削減で財政再建を推し進めている「小さな政府」路線のカモフラージュという声や、十分な財政面でのサポートなしに大きな社会を目指すのは困難という批判もあるけどね。基本的なポイントとして理解してほしいのは、過去において左派右派双方がコミュニティを壊し、人々が原子化された個人として政府か市場に従属的になってしまったという反省が前提にあるってこと。Red Toryの著者であるフィリップ・ブロンド(Phillip Blond)の見解を踏まえつつ以下に説明してみる。

左派、福祉国家、我々が「大きな政府」と呼ぶもの、国家主義(statism)の下では理論的に自助も互助も損なわれてコミュニティや社会が解体されていく。

(簡潔に述べれば、年金や諸手当を通じて政府がパターナリズム(家父長的保護主義)で面倒を見ることになり、それに依存することで自助が薄れ、政府がしてくれるのでそれまであった近隣のコミュニティでの互助が減ってしまう)

右派、新自由主義、「小さな政府」と呼ばれるもの、個人主義(individualism)の下では支えのない個人として自立することが求められてくる。

(自助が復活するが個人の能力差、機会の不平等が多分に影響するものが結果の不平等に結びつきやすくなり、取り残される者が出てくる。全体の経済は成長するが富めるものがさらに富みやすく、社会の流動性が低下する)

Thatcheriteと違って赤い保守主義は市場経済が処方箋を出せない福祉や教育にもっと力を入れる。でも政府の強制力を伴う再分配に依らないよう、上からの設計主義、行政国家の肥大化と官僚的弊害を避けるよう、政府は小さくする。その分コミュニティに委ねる、人々にsocial responsibility、社会的責任を果たすよう果たせるようにする。

例えば教育。地方の当局、ここでは教育委員会になるけれど、彼らから諸権限を個々の学校、子供を通わせる保護者や実際に教える教員、あるいはその地域のNPOらで作る委員会に移して、もっと現場や利害関係者のニーズに応えられるようにする。中等教育なら生徒の代表も参加させるのも効果的かもしれない。これはもともとはスウェーデンのフリースクールを範としたもの。財源に関しては中央政府が捻出する、けれど口は挟まないで皆でやる。

単純な自己責任を求めるマッチョなアメリカ型よりは可能性の均等化を志向する、だから公的教育支出は惜しんではいけない。日本の場合は対GDP比でOECD平均を下回っている、2007年の教育統計では平均4.8%に対して日本は3.3%だ。結果どうなっているかというと、塾や予備校や私立の学校に通わせるために家計に負担させている。OECD加盟国の公私負担比率は82.6%と17.4%、対する日本は66.7%と33.3%。トニー・ブレアじゃないけど、「教育、教育、教育」で未来への先行投資、人的資源への投資を増すのは公平性の観点からも大事だし、グローバリストの大好きな「国際競争力」の向上にもつながるだろう。

赤い保守主義は'nudge'、ソフトなパターナリズム(またはリバタリアン・パターナリズム)と呼ばれるアイディアとも親和性が高いと個人的には踏んでいる。こちらはシカゴ大学のセイラー(Richard Thaler)とサンステイーン(Cass Sunstein)が2008年に出した本のタイトルからで、ブロンドと違って翻訳も出ている。概要は現在保守党でインターンをされている方のブログがわかりやすく、そして既に政策レベルに導入されていることを紹介されているのでご一読いただきたい。

一つのキーワードは英語のfraternity、日本語にすると「同胞愛」ってのが一番適切かな。共同体の「靭帯」を大切にする。世の中みなが強い個人ばかりではないんだ、格差そのものはあって然りだけど中間層が分解して上下の距離が開きすぎると磁石のように力が働かなくなって壊れた社会(broken society)になるのは困るよねと、維持するところは維持する。

こうして述べるほどには政策に落とし込む実践は理想的にはいかないだろうけれど、理念的・知的基盤として、日本でこの考え方が広まればいいなと思っている。

2/09/2012

Time is running out.

OK、田中防衛大臣はどうしようもない素人だ、野田首相は人事が下手すぎる。やるといってきたことをやらずに消費税増税に突き進むのは大胆、勇敢、そして愚かだ。普天間基地は固定化の懸念が出ている。長期的なエネルギー政策、エネルギー安全保障の展望も曖昧だ。

これらほとんどの領域における政権への批判はもっともだし、仮にポイントがずれていたとしても敢えて擁護する気にもなれない。で、谷垣禎一と彼の率いる政党はどういうオルタナティブ、代わりとなる魅力的な未来図を提示してくれるのか。

支持が伸びない、低迷しているのもリーダーシップの基盤が弱いのも首相と野党第一党党首の共通点だ。そして先週金曜夜のニュース番組出演時の谷垣の発言では、現在国民の多くの関心事であり不人気な政策である消費税増税を巡って政府と方向性の大きな違いはないらしい。

それはそうだ、谷垣は早くから(ポスト小泉のときから)増税と財政再建の必要性を唱えてきた。政策において相違ない、対立軸を曖昧にした一方で解散に追い込むと対決姿勢を顕にする。それでいて話し合いにも含みをもたせるという、実に彼らしい頼りなさを見せた。

多くの人間は谷垣を次の首相たる政治家と見なしていない。また消費税を巡る姿勢は拙い。最大の争点と目される消費税で野田を上手く批判できなくする。これは05年の英総選挙と重なる。

当時イラク戦争がブレア首相の傷であったが、保守党もまた派兵に賛成したために付け入ることができず、第三勢力でイラク戦争に反対した英自由民主党に票が流れることとなった。おそらく日本でも民主党政権への不満票・批判票は第三勢力が流れるだろう。

しかしもっと重大なのは谷垣個人の指導力と決断力の不足ではなく、党全体のポジショニングだ。改革の旗印は橋下率いる維新の会らに先んじられ、また保守右派、民族派の陣地は石原・平沼のナショナリスト色の強い新党に掘り崩される。そう、民主党同様に自民党も迷走し立ち位置が定まっていない。

05年の郵政選挙、09年の政権交代、そして近頃の橋下への期待の高まりと、人々は一貫して「変化」を求めている。そのニーズを掴み、そして彼らを惹きつけるビジョンを、政治哲学や理念と呼ばれるものを築き直すことが肝要だ。谷垣は自民党の考えが伝わっていないことをインタビュアーに指摘されて「広報活動を見直す」と言ったが、根はもっと深い。多くの忠実な支持者は先の総選挙敗北後の谷垣の努力を指摘するだろう、しかし結果が出せなければ徒労に終わる。

保守党を再ブランディングし13年ぶりに連立という不本意な形ながら政権復帰に導いたキャメロンのスピーチの一部を紹介しよう。

'We don't just need new policies or presentation or organisation, or even having a young, passionate energetic leader(...) We have to change and modernise our culture and attiutdes and identity'

早ければ今年の夏には総選挙と言われているし、そうでなくても9月に任期が切れて総裁選が待ってる。谷垣禎一は残された僅かな時間で道を切り拓かなかればならない。

2/05/2012

橋下徹の台頭とやられ役たち

今一番勢いあって方々から注目を集めている政治家を一人挙げろといったら橋下徹大阪市長で決まりだろう、海の向こうのThe Economistで野田首相と彼を並べた日本政治に関した記事が出るくらいね。先日ロンドンでシンクタンクの知り合いに日本政治について簡単に聞かれた際、国民の多くが二大政党に失望している中で来たる選挙で第三勢力、台風の目となりえる男について手短に、しかし野田や谷垣についてよりも長く、話しもした。

(個人的には大阪府民でも大阪市民でもない以上、総選挙になって彼が率いる維新の会が打って出てきていない現時点で関心は薄めだけれども、少し彼についての評価を自分なりに整理しておこうと思う)

真っ先に言えるのは彼が<小泉的>スター性や<小泉的な>批判も受ける独裁的と目されるスタイルよりも多くの、いまの日本で政治家をやる上で有利になる政治的武器を有していることだ。「自民党化」した与党・民主党や下野して2年以上経ってもちっとも「変わらない」自民党の、永田町の政治家たちにうんざりしている人々にとって、42歳と若くそして地方の首長・市長というアウトサイダーである点は新鮮かつ魅力的に映る。

彼の弁護士とTVタレントから転身してきた叩き上げのキャリア、バックグラウンドも好まれるものだろう。ある種のパフォーマンスもこなせるし、何より国民を喜ばせることを言うセンスーーつまりマーケティングと、それを裏返しにしたプレゼンが他の人間と比べると抜けている。真っ直ぐな表現、言葉遣いは荒っぽくそれゆえに人々にとって難しい用語でけむにまいたり丁寧だが屁理屈に聞こえる大半の同業者より親しみやすい。

しかし何といっても彼をスターダムに押し上げる上で欠かせないのはわかりやすく勝利をほぼ確実にする舞台、いかにもな敵役の存在だ。小泉元首相は自民党内に抵抗勢力を求めたが、彼の場合はヒールとしての「抵抗勢力」のほうからやってきた。先の大阪市長選での自民・民主・共産の既存政党、そのどれもが有権者の多くから厭きられている、が一致団結して敵に回った時点でそれは橋下にとってかけがえのない政治的資本、支持の源泉をもたらした。

彼は賛否を巻き起こし、多くの人々から支持を集める一方でわかりやすい敵がいる。最近立て続けに対決した森永卓郎、浜矩子(経済学者)、山口二郎(政治学者)らは同じ過ちを犯した。代替となる刺激的かつ魅力的なビジョンを持たずに、単なる批判のための批判をした。三人に関して付け加えるなら、大学教授という大して実社会に貢献できているわけでもない(と見られるし、実際に今の日本の政治経済が御覧の有様であることが彼らの教育とオピニオンの価値を疑わせる)権威を着ているのがネガティヴな印象を抱かせるだろう。

彼が対決する相手は常に彼が意識している有権者からみて「嫌な奴ら」だ。公務員以下税金からの支出で生活しているものは特にこの不景気下において敵視されがちだ。予期される次期総選挙で彼の勢力は野田政権の消費税増税の方針から確実にモメンタムを得る。それらは彼の弱点や欠点を補って余りあるプレゼントになるだろう、勝ち馬に乗ろうと目論んで資金や候補者も集まりやすくなるし他の地方や中央の勢力で秋波を送る節操ないところも既に出てきている。

前述したとおり彼はアウトサイダーでチャレンジャーだ。これと競うなら次のことを忠実にやることだ。彼とははっきり違って人々を惹きつける、そして彼のものを圧倒できるビジョンを、国民になるたけ理解しやすいよう平易な、説得的で同時に夢中にさせる言葉で伝える。それだけのことを遂行できる政治家ほど、年毎に総理大臣が交代する国の政界と縁遠い存在はないがね。

最後にThe Economistの分析にある彼の戦術の長所の一つ目と三つ目を抜粋しておこう。二つ目は彼の側近、ブレーンに関するものなので割愛する。

・’He has a clear short-term political goal.’(彼には明快な短期の政治的目標がある:ここでは大阪都構想)
・’he is pretty persuasive.’(彼はかなり説得力がある:前原が都構想について納得させられたことが引き合いに出されている)