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2/12/2012

Red Tory: 赤い保守主義

 「現代の政党には、政治的または実践的な理論に加えて、哲学的または思弁的な理論さえも必要とされており、後者なしには立ちいかなくなっている」(ヒューム「原始契約について」小西訳、「人性論」中公クラシックス)
赤い保守主義(Red Tory,レッドトーリー)は一つの魅力的な、これからの保守の道を提示し小さな政府を再定義してくれる考え方だ。経済社会的には欧州的福祉国家モデル(welfare state)でも米国発の新自由主義市場国家モデル(neoliberal economics, market state、より純粋な資本主義)でもない、また冷戦終結後の過去20年に見られた「第三の道」(third way)、市場を認め民間企業のマネジメント手法を公的部門に導入する折衷的な形のいずれとも異なるもの、保守・右派の側から新たな基軸を生み出す。

赤い保守主義、現代的で思いやりのある保守(modern compassionate conservative)は社会(society)あるいは共(commons)の補助線を引くことで、従来の公的部門(public sector)と民間部門(private sector)、官と民、国家政府(state/government)と市場(market)の二項<対立>より視野を広くする。

この考えを受容して「大きな社会」(Big Society)を掲げているのが英国のキャメロン首相だ。彼の連立政権下で市民、コミュニティ、チャリティーやボランティア団体(NPO)、地方政府に権限を与えることで官僚的、硬直的だった公共サービスを各地域で効率的に運営維持させよう、そして貧困のような社会問題を人々をエンパワーメントすることで解決していこうという試みがなされている。

これは歳出削減で財政再建を推し進めている「小さな政府」路線のカモフラージュという声や、十分な財政面でのサポートなしに大きな社会を目指すのは困難という批判もあるけどね。基本的なポイントとして理解してほしいのは、過去において左派右派双方がコミュニティを壊し、人々が原子化された個人として政府か市場に従属的になってしまったという反省が前提にあるってこと。Red Toryの著者であるフィリップ・ブロンド(Phillip Blond)の見解を踏まえつつ以下に説明してみる。

左派、福祉国家、我々が「大きな政府」と呼ぶもの、国家主義(statism)の下では理論的に自助も互助も損なわれてコミュニティや社会が解体されていく。

(簡潔に述べれば、年金や諸手当を通じて政府がパターナリズム(家父長的保護主義)で面倒を見ることになり、それに依存することで自助が薄れ、政府がしてくれるのでそれまであった近隣のコミュニティでの互助が減ってしまう)

右派、新自由主義、「小さな政府」と呼ばれるもの、個人主義(individualism)の下では支えのない個人として自立することが求められてくる。

(自助が復活するが個人の能力差、機会の不平等が多分に影響するものが結果の不平等に結びつきやすくなり、取り残される者が出てくる。全体の経済は成長するが富めるものがさらに富みやすく、社会の流動性が低下する)

Thatcheriteと違って赤い保守主義は市場経済が処方箋を出せない福祉や教育にもっと力を入れる。でも政府の強制力を伴う再分配に依らないよう、上からの設計主義、行政国家の肥大化と官僚的弊害を避けるよう、政府は小さくする。その分コミュニティに委ねる、人々にsocial responsibility、社会的責任を果たすよう果たせるようにする。

例えば教育。地方の当局、ここでは教育委員会になるけれど、彼らから諸権限を個々の学校、子供を通わせる保護者や実際に教える教員、あるいはその地域のNPOらで作る委員会に移して、もっと現場や利害関係者のニーズに応えられるようにする。中等教育なら生徒の代表も参加させるのも効果的かもしれない。これはもともとはスウェーデンのフリースクールを範としたもの。財源に関しては中央政府が捻出する、けれど口は挟まないで皆でやる。

単純な自己責任を求めるマッチョなアメリカ型よりは可能性の均等化を志向する、だから公的教育支出は惜しんではいけない。日本の場合は対GDP比でOECD平均を下回っている、2007年の教育統計では平均4.8%に対して日本は3.3%だ。結果どうなっているかというと、塾や予備校や私立の学校に通わせるために家計に負担させている。OECD加盟国の公私負担比率は82.6%と17.4%、対する日本は66.7%と33.3%。トニー・ブレアじゃないけど、「教育、教育、教育」で未来への先行投資、人的資源への投資を増すのは公平性の観点からも大事だし、グローバリストの大好きな「国際競争力」の向上にもつながるだろう。

赤い保守主義は'nudge'、ソフトなパターナリズム(またはリバタリアン・パターナリズム)と呼ばれるアイディアとも親和性が高いと個人的には踏んでいる。こちらはシカゴ大学のセイラー(Richard Thaler)とサンステイーン(Cass Sunstein)が2008年に出した本のタイトルからで、ブロンドと違って翻訳も出ている。概要は現在保守党でインターンをされている方のブログがわかりやすく、そして既に政策レベルに導入されていることを紹介されているのでご一読いただきたい。

一つのキーワードは英語のfraternity、日本語にすると「同胞愛」ってのが一番適切かな。共同体の「靭帯」を大切にする。世の中みなが強い個人ばかりではないんだ、格差そのものはあって然りだけど中間層が分解して上下の距離が開きすぎると磁石のように力が働かなくなって壊れた社会(broken society)になるのは困るよねと、維持するところは維持する。

こうして述べるほどには政策に落とし込む実践は理想的にはいかないだろうけれど、理念的・知的基盤として、日本でこの考え方が広まればいいなと思っている。

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