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7/15/2015

政府の憲法解釈の歴史を今更ながら復習する(冷戦終結から現在まで)

山岡「この集団的自衛権は出来損ないだ。食べられないよ」

前編の流れをざっとまとめます。


① 日本国憲法審議過程 「自衛権(の発動としての戦争)も認められない」by吉田茂
② 朝鮮戦争勃発時 「集団的自衛権は国家固有の権利(共同行使説)」
              「集団的自衛権の国外での行使は認められない」
③ 1960年 「日本防衛のための米軍との共同対処は個別的自衛権」
④ 1964年 「他国防衛のための集団的自衛権の行使は認められない」
⑤ 1981年 「集団的自衛権を有しているのは当然だが、行使は認められない」


ベルリンの壁が崩壊しソ連が解体され、国際情勢が大きく変化した90年代の新たな世界で、日本では国連活動(多国籍軍)への協力という文脈で自衛隊の海外派遣が議論の対象となります。

1991年の湾岸戦争への対応が大きな問題になったことは言うまでもないでしょう。総額135億ドルの資金援助を実施したがクウェート政府からの感謝決議に日本が入っていなかったことが問題となりました。

90年代前半は多国籍軍へのアプローチと、PKO活動への参加の是非が大きなイシューとなりました。

先ず「国連軍」への対応として、(1)国連軍の指揮下に入る「参加」は、武力行使を伴うのであれば憲法上認められない (2) 国連軍の組織の外で行う各種支援を含む「協力」は、武力行使と一体化しなければ認められる。という統一見解が示されます。

「参加」と「協力」を分けた上で、後者は容認するという見解です。

PKOについては1992年に「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法」が成立します。2001年には、現在の内閣官房国家安全保障局長である谷内正太郎氏が、国会でPKOと集団的自衛権に関してつぎのように答弁しています。

「PKOは、国連が世界各地における地域紛争の平和的解決を助けるための手段として、実際の慣行を通じて確立してきた一連の活動であり、基本的に中立非強制の立場で行われるものであるから、このようなPKOへの参加は集団的自衛権の行使に当たらない」

また「武力行使との一体化」について、大森内閣法制局長官(当時)が96年に次の4つの判断基準を挙げています。

①戦闘行動の拠点と当該行動の場所との地理的関係
②当該行為の具体的内容
③各国軍隊の武力行使の任にある者との関係の密接性
④協力しようとする相手方の活動の現況等


すはわち、個別具体的なケースを見て判断すべきという方針です。

橋本、小渕内閣では、例えば後方支援としての米軍への武器弾薬の輸送は集団的自衛権の行使にあたらないという見解が示されました。

この「武力行使との一体化」の回避による活動範囲の拡大は、00年代の同時多発テロ以降のテロ対策特措法、イラク特措法における「非戦闘地域」という概念に繋がっていきます。

00年代、小泉政権とそれに続く第一次安倍政権では、「テロとの戦い」と、米国とのミサイル防衛(MD)の構築を背景に、集団的自衛権についての研究が行われます。

「憲法に関する問題について、世の中の変化も踏まえつつ、幅広い議論が行われることは重要であり、集団的自衛権の問題について、様々な角度から研究してもいいのではないかと考えている。」(第 151 回国会衆議院土井たか子議員提 出の質問主意書に対する答弁書[内閣衆質 151 第 58 号] 平成 13 年 5 月 9 日)


「大量破壊兵器やミサイルの拡散、テロとの闘いといった国際情勢の変化や、武器技術の進歩、我が国の国際貢献に対する期待の高まりなどを踏まえ、日米同盟がより効果的に機能し、平和が維持されるようにするため、いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究してまいる」(安倍晋三首相の発言。第 165 回国会衆議院会議録第 3 号 平成 18 年 9 月 29 日)

このうち、ミサイル防衛について政府は2005年に自衛隊法を改正し、同法82条の3で迎撃手続きについて定めていますが、 同措置は
「自衛隊法上の任務として公共の秩序の維持に該当し、 あえて整理すれば、警察権の行使に相当するものと言ってよい」(大野功統防衛庁長官の発言。第 162 回国会衆議院会議録第 16 号 平成 17年4月1日)
と警察権の行使とし、集団的自衛権の範囲外に置くことでクリアしています。

2度の政権交代を経験した後、第2次安倍政権において再開された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(通称、安保法制懇)が、2014年5月15日に報告書を提出します。(ちょうどこの1年後に「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」が国会に提出されます)

安保法制懇の集団的自衛権に関する解釈についての提言は次のとおりです。



「憲法第9条第1項の規定(「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」)は、我が国が当事国である国際紛争の解決のために武力による威嚇又は武力の行使を行うことを禁止したものと解すべきであり、自衛のための武力の行使は禁じられておらず、また国連PKO等や集団安全保障措置への参加といった国際法上合法的な活動への憲法上の制約はないと解すべきである」



「憲法第9条第2項は、第1項において、武力による威嚇や武力の行使を「国際紛争を解決する手段」として放棄すると定めたことを受け、「前項の目的を達するため」に戦力を保持しないと定めたものである。したがって、我が国が当事国である国際紛争を解決するための武力による威嚇や武力の行使に用いる戦力の保持は禁止されているが、 それ以外の、すなわち、個別的又は集団的を問わず自衛のための実力の保持やいわゆる 国際貢献のための実力の保持は禁止されていないと解すべきである」
これを踏まえて2014年7月1日に臨時閣議で決定された解釈が以下のとおりです。

「憲法第9条が,我が国が自国の平和と安全を維持し,その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。一方,この自衛の措置は,あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫,不正の事態に対処し,国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり,そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが,憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について,従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹,いわば基本的な論理であり,昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。 この基本的な論理は,憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない」

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず,我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命, 自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において,これを排除し,我が国の存立を全うし,国民を守るために他に適当な手段がないときに, 必要最小限度の実力を行使することは,従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として,憲法上許容されると考えるべきである」

「憲法上許容される上記の「武力の行使」は,国際法上は,集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には,他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが,憲法上は,あくまでも我が国の存立を全うし,国民を守るため,すなわち,我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである」


いやはや長かったです。最初のと比較すると

「集団的自衛権の国外での行使は認められない」→要件を充たせば国外でも可。
「他国防衛のための集団的自衛権の行使は認められない」→基本的に変わらず。
「集団的自衛権を有しているのは当然だが、行使は認められない」→行使は限定的に認められる。

という変化でしょうか。

「自国と密接な関係にある外国に対する攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力を以て阻止する権利」を、「存立が脅かされ(中略)明白な危険がある場合において」行使できるというものです。


さて解釈の変遷をフォローし終えましたが、次回以降は、平和安全法制整備法案で、具体的に自衛隊法以下がどのように改正されるかを追っていこうと考えています。


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