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4/13/2012

オフショア・コントロールその1

我が国の防衛大臣がエアシーバトルドクトリン(ASBD)をどの程度理解したかなあと疑問に思いつつ、今日からASBDとは違うオフショア・コントロールという戦略概念を紹介します。オフショア・バランシングではなく「コントロール」です、ここが鍵です。

これは米国防大学国家戦略研究所戦略研究センター(the Center for Strategic Research at National Defense University's Institute for National Strategic Studies)のシニアフェロー、Dr.T.X.Hammesが'Offshore Control: A Proposed Strategy' Infinity Journal, Vol.2. No.2 pp10-14で提唱しているものです。

今米軍が進めているASBDについてHammesは主に、エスカレーションを招きやすい≒北京の意思決定者の不確実性を高め核報復のリスクが高まる、新たな大々的な調達プログラムを必要とするので財政負担が重く持続可能でない、という二点で懐疑的です。

軍事戦略はしばしば紛争における成功のためのガイダンスとしてのみ見られる一方、紛争以前の抑止と同盟構築の役割もまた不可欠である。

Hammes曰く、あらゆる中国と戦うための米戦略は次の三つの事を達成しなければいけません。

1.米国の同盟国が米国を頼りできることを確証する。
2.中国に米国の戦略を打ち破れないことを確信させることで中国の侵攻(aggression)を抑える。
3.戦争になったら全面核戦争へのエスカレーションの可能性を最小化しつつ勝つ。

この戦略を組み上げるのを複雑にするの要素は2つ。1つめはこれから始まる影響力とプレゼンスの維持コストを大幅に減らすことを要求する国防予算の削減、2つめは米中間の紛争のための「良い戦略」なるものはないということ。(いかなるニ大国間の紛争もグローバル経済にとって大打撃で、望ましいアウトカムは不可能)

オフショア・コントロールは領土を守る意志のある国と組みながら中国の海上貿易を阻止する。(オフショア・コントールは)決定的な<軍事上の>勝利よりも手詰まりと停戦をもたらすために中国本土のインフラへのダメージを非常に制限しつつ経済的に消耗させる戦いを追求する。戦争終結は動的破壊(kinetic destruction)よりも経済面での摩耗を通じるものになる。

Hammesはエリオット・コーヘンの戦略モデルを用いて前提(assumption)、一貫した手段方法目的、優先順位、配列と勝利の法則(theory of victory)に解剖してオフショア・コントロールを説明しています。

key assumptions

1.中国が紛争を始める。
2.中国との紛争は長い戦争になる。
3.米国は中国の核使用の意志決定プロセスを理解していない。

ends-ways-means


予算削減と新しい兵器調達コストの急増から米国はプラットフォームとシステムの大きな能力工場に頼れない、手段は制限される。加えて中国の核兵器により米軍の取り得る中国のアセットへの攻撃方法に制約がかかる。

オフショア・コントロールには地理条件に応じた3つのD(deny、defend、dominate)がコンセプトとなる。

deny:いわゆる第一列島線の内側で、中国の侵入できない排他的海上区域を、優勢な潜水艦、機雷と限られた数の航空戦力で設定する。侵入してきた中国艦艇を沈めることでエンフォースメントする。

defend:積極的に米国を支援する同盟国を守るためすべての軍事アセットを用いる。海空軍は中国本土から離れたところに動かし、中国にロングレンジで戦わせる一方で米国と同盟国が統合海空防御の一員としてその領域上で戦えるようにする。

dominate:インドネシアの列島線に沿ったチョークポイントで遠距離海上封鎖を敷き、海空陸そして民間から借りたプラットフォームを利用してタンカーやコンテナ船をインターセプトと方向転換する。

これにより戦争の穏健な帰結を迎える。核兵器がある以上、中国共産党の崩壊や降伏を目論み追い込むのは危険すぎる。ゆえに戦争終結のゴールは停戦し戦前の境界線・領土に戻ることになる。

priorities and sequencing


真っ先にやることは同盟国の防衛強化。次に遠距離海上封鎖。それから排他的海上区域の設定。最後に第一列島線の外を支配して対中封鎖を締め付けるとともに同盟国への貿易の流れを確かにする。特に重要なのが平時の準備。この戦略は透明性が高いので、同盟国に説明しオープンにすべてのプランの要素を訓練演習できる。


theory of victory


オフショア・コントロールは中国共産党に、かつてインドや、ソビエト、ヴェトナムとの紛争を終結したのと同じ形で戦争を終えることを認めるのを模索する。中国に「敵に教訓を教えてやった(taught the enemy a lesson)」と宣言することを認める。中国本土の施設等への攻撃を禁じることで、エスカレーションの可能性を減らし、中国が前述の宣言をしやすいようにお膳立てし、戦争を終える。オフショア・コントロールは決定的勝利を求めない。これは核大国相手の決定的勝利という概念が時代遅れだと認識している。


さて、ここまでがオフショア・コントロール自体の概念の説明です。敵戦力の減衰・殲滅よりも戦争継続の意志を萎えさせることに主眼を置いた、もっと言えば中国指導層の意志決定をコントロールしよう(核を使わせない、双方の傷が深くなる前に矛を収めやすくする)という意図を含んだ戦略ということがわかります。

勘のいい方はお気づきかもしれません、次のエントリーでHammesが主張するこの戦略の利点、オフショア・コントロールが(そもそも彼曰くoperationalであってstrategyではない)ASBDと比較してより望ましい戦略であることを説く中において、彼はオフショア・コントロールはオーストラリア以外の同盟国に基地を必要としないと述べています。

言うまでもなくHammes一個人の研究者としての見解を示したものであり、ペンタゴンやホワイトハウスがこのコンセプトを容れて政策立案するわけではないのですが、未だぼんやりとして実現可能性を疑う(主に財政的に)声もある作戦概念であるASBDや、政治的財政的また軍事的にもコストとリスクが高まっている従来の前方展開とは異なった発想、戦略的オルタナティブが存在し、ぶつけられているということは知っておいて損はないでしょう。

私自身の意見はHammesやこれまたいずれ取り上げる米空軍大学の教授のdistant blockade論に近いです、主流ではないんですけどね。これは別の機会で掘り下げますが、こうして米軍が戦略を進化させていく理由の一つに中国のA2/AD戦略があります。私の修論のテーマでして、ドイツ海軍(ティルピッツ)やソ連海軍(ゴルシコフ)のマハンに連なる戦略思想を踏まえながらPLANの戦略発展を研究していたのですが、A2/ADに正面から力で制圧する(overwhelm)戦略で対抗するのはリーズナブルじゃないなあと考えています。

でも豪ダーウィンやココス諸島に基地を置き、インド洋から西太平洋までカヴァーする現行の方針は、オフショア・コントロール派と相容れるものだと評価しています。'dominate'のキャンペーンに応用が利くでしょう。

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