本日(12月2日)はNIDSで開かれた、来日中の英国の高名な軍事史家ジェレミー・ブラック(Jeremy Black)エクセター大学教授の講演会と、青山学院大学で行われたアフガニスタンの安定化(stabilisation)に関する英RUSIのジョン・ヘミングス研究員と青井千由紀教授のセミナーに参加してきました。
このエントリーで先ずは「戦争の将来像」と題されたブラック教授の講演について取り上げます。この御仁はこれまでに100冊以上本を出されておられるそうです(私はキングス・カレッジの図書館でRethinking Military Historyを読んだぐらいですが)
最初に、戦争を国内紛争(counter-insurgencyを含む)と国家間戦争の2パターンに大きく分類、そして戦争を機能的に定義するべしとし、「大規模な組織的暴力の使用」と定義。ここでポイントなのは国家なき戦争というものが存在し得るということでしょうか。ルパート・スミスのwar among peopleに通ずるところがあります。直近ではリビアやシリアの内戦が好例でしょうか。
ブラック教授が前半で取り上げていたのは人口爆発(今世紀末に世界の総人口は100億人に?)と、これによって生じる食料・水・燃料エネルギーの問題。この問題について「経験則は将来の(解決の)指針として限界がある」という主旨のことをブラック教授は述べておられました。日本は例外的に人口増加の問題がないと指摘されましたが、それでも他国において人口増が需要増加を引き起こせば、結果的に輸入に頼っている日本や英国は困難に直面するものです。
考えてみれば本年のアラブの春も人口爆発と若者の高失業率、食料価格高騰といった経済的要因がそもそものきっかけでしたね。この人口問題が特に目立つ地域はラテンアメリカとアフリカです。後でもこのラテンアメリカは教授の話に出てきたので要注目です。
人口増加によって起きる現象の一つがキンシャサ、カラチのようなスーパーシティの出現、国家内移民で人口が増え急速に発展するも、東京やNYといった先進国の都市とは異なりインフラ整備不足+統治能力の限界+社会的パターンの不在で、将来的に内乱が起き得るという観点で問題があるとのこと。このような急速に拡大した都市は従来その国の人々が住んでいた村落と異なり、高いレベルの社会秩序やヒエラルキーがなく、食糧など物資を自給自足できない、ゆえに物資窮乏で暴動・内乱が起きやすいとなります。
先進国の都市、ここではロンドンが引き合いに出されましたが、スーパーに3日間食料がなかったら、水がなかったら暴動や社会秩序の破壊が起きるだろうとのこと。国によってはこれでも楽観的で、(途上国だと)最終的に紛争へ突入することが考えられるそうです。また食糧より水の欠乏がより迅速に人々を暴力に訴えさせるというデータがあるようです。
水資源を巡る争いも当然懸念の一つです。例えばナイル川だと、流域国のエジプト、(南)スーダン、エチオピアで国家間の争奪戦の可能性がありますし、我々にもっと馴染みがあるのはインドとその隣国でしょうか。様々な流域で川の水位が低下しているとブラック教授。
食料、水の問題の答えの一つで重要なのが「テクノロジー」でしょうか。水でいえば脱塩、真水を作ることで対応、食料であれば遺伝子組換え穀物や家畜のクローンで生産量を増やす。しかしいずれもデメリットあり、前者は脱塩に燃料が必要でこれのコスト増が紛争リスクを高めるし、後者は技術を保有している先進国と、今後需要が増す途上国という不均衡がある。
ここまでは物質的な文脈で、もう一つがソーシャルなもの。国毎に社会調和、社会の団結性が民族や宗教といった要素で異なり、これによって容易に社会秩序が崩れ不安定化する国もあれば(教授はニジェールやコートジボワールを例に)、ここでも日本が例外的に社会の団結性が強い、「ほとんどの国は日本のようではない、その理由は島国が云々」と教授。前述の西アフリカの国などでは、経済的圧力、不適切な統治、民族間の争いから不安定化し、場合によっては介入の意志決定を国際社会が要するケースも。
日本例外がここまで2度出ましたが、日本や米国のような先進国は少数でありその基準は普遍的ではない、ということが言えるそうです。例えばマダガスカルのような国が水準、指標になるとのこと。
戦争の将来、これからどういうのがこれを考察する上で一つの見本になるのがラテンアメリカ。「過去が将来の指針を我々に与えてくれる」とブラック教授は言いましたが、このラテンアメリカ、1930年代半ば以降滅多に戦争に関わっていない地域で、互いに戦っていないとのこと。
しかし常備軍のないコスタリカ以外は、キューバやベネズエラのような左翼国家も反対に右翼国家も、軍隊が政治において中心的な役割を果たしてきたところばかり。これらの国々は、成功した経済と成熟した民主制が樹立されれば紛争リスクの上昇を回避できるのですが、資源需要増と経済的圧力に政治が対処を誤れば軍部の台頭、内乱への対処で軍隊への依存が強まることになります。
上記の政治文化、政軍関係がラテンアメリカの特徴ですが、アメリカでは一般国民に対して正規軍が武器を使う、内乱に対処してきた伝統文化がないという特徴が。それゆえ911以後にはテロや国内の問題に対処するのにDepartment of Homeland Security、国土安全保障省を新設したとのこと。この正規軍の性質は将来も続く見込みだとか。あと日本もアメリカのパターンに似ているけど、日米はどちらかというと例外、ほとんどの国は異なるとのこと。他方で(民主国家で)軍隊が内乱鎮圧に用いられてきたのがカシミール紛争を抱えているインド。日本やアメリカは国内紛争より国家間紛争をより懸念している、それは部分的に国内政治(安定したデモクラシー、社会の安定、分離独立運動皆無)、大国の役割から来ているそうです。例えば我が国で言えば、北朝鮮であったり、中国や、もしかしたら中国とロシアのコンビといった脅威により重点が置かれます。
次に軍事力の役割と戦略目標について。ここでブラック教授はアウトプットとアウトカムの2つの対照的な概念を提示。前者はシンプルに敵(戦力)の完全な破壊を企図した、軍事力を上手く行使すること。後者は他国にこちらの意志に従うことを強制させるということ。一昔前であれば領土の占領(アウトプット)が目的でしたが、現在と将来はアウトカムが戦略上のゴールになります。
それから、NATOのアフガニスタンでの任務(国家建設等々)は現実的ではないという話をし、将来の紛争の現実性は兵器システムに影響されるかもしれないし、そうでないかもしれないと、ここは考え中といったところでしょうか。日本がユーロファイター・タイフーンを選ぼうがF-35を選ぼうが、いずれにせよ(現在の戦争に使われる)テクノロジー自体は20世紀の最初に出てきたレガシーだと述べておられました。
この次が、英外交政策論をやっていた私にはradical re-assessmentという表現で馴染みがあるのですが、タスクとリソースの関係。特に過去10年の経済政策、無責任な財政政策によってリソースの制約の厳しさが増している現状を指摘。このような状況ではサイバー攻撃や高速ドローンの選好性が高まりそうだねとブラック教授は示唆。100年単位の想像だと、クローン兵士の導入など、SF的ですがここの関心事はやはりテクノロジーがどういうインプリケーションを戦略にもたらすかということでしょうか。
(ジェレミー・ブラック教授の定義ではテクノロジーは人間が自分の能力を拡大するために人口的に使用するものという概念) テクノロジーに関しては、コンピューター登場のインパクトは戦争のアッパーサイド(たぶん指揮系統やコミュニケーション?)で非常に大きかった、18世紀半ばまでは正規軍と非正規軍に差がなかったか小さかったのに(とくに)先進テクノロジーの変化が正規軍と非正規軍・ゲリラの大きな違いをもたらしたとのこと。
アメリカではRMAでのNetwork-Centric Warfare志向からイラク・アフガンでのCOINへのドクトリンの変遷があったが、現在の中国の台頭のような新しい現実に対応するための軍の構成が軌道修正・調整されるべき(COIN vs. CONSERVATIVE)、将来の戦争像について陸・海がまったく異なった意識をしている(陸はメキシコ国境の不安定化を、海は対中国が戦略思考を主に占めている)そうです。
ブラック教授が結論部で最初に述べていたのは政治のPriorityが将来の戦争の様相を決めるであろうということです。それから不確実性に関して国内の秩序崩壊、国家間の秩序崩壊の2パターンがあり、畢竟軍隊の役割はこの2つへの対応となるということ。(policing、警察力としての役割。英国では夏の暴動の際に、軍隊を出動させる政治的なプレッシャーがあった云々。両者のバランスに関して、英国の正規軍の兵力は10万程度だが、それをアフガンやイラクに派兵したあとの内乱の対処はどうするのか?という疑問が。北アイルランドには少ない人数しかいない云々。)
英国のJoint Staff Collegeが作成にタッチした非公開の報告書があるそうですが、これによれば2018年の世界はunchanged、特に変化なし、2036年でもアメリカは指導的な地位にあり、英(そして日?)は同盟国であり続けるだろうが、将来のアメリカは遠くの地域の戦争よりもメキシコやベネズエラを懸念するかも?とのこと。ここでラテンアメリカの人口問題、歴史的な軍の政治における存在感といったものがつながってくるのでしょうか。
最後の質疑応答で印象的だったのは、欧米先進国の能力は、テクノロジーの向上ではなく社会的、政治的文化的な文脈によって洗練されてくるという点。それからrevolutionは短期的に発生した大きな変化、対して数十年、1世紀を通じた変化はtransformationという言葉の定義、使い分けなどは興味深かったです。
将来の戦争を考えるといっても、予期しないことが起こるものというのも肝に銘じておきたいです。英国人の多くは朝鮮戦争の時に朝鮮半島がどこにあるかわからなかった、60年代にスエズの東から撤退したのに過去10年間スエズの東で戦ってきた、NATOで北大西洋はカヴァーしていたが南大西洋のフォークランドで紛争があった、など想定外は起こってきたし、これからも起こるのでしょう。最近で言えば連立政権下で書かれた戦略文書SDSRはリビアへの介入などまったく前提になかったのがいい例です。
以上がノートを下敷きに若干補足した講演のまとめです。長くなりましたが、あと少し講演を受けて考えたことをメモしておきたいと思います。
一点目。今回ジェレミー・ブラック教授はsocial disorder、社会秩序崩壊の要因をマテリアルな、人口増→食料・水・燃料の需要増の観点から主に述べていましたが、このような国内紛争を今後、それこそサイバー攻撃のようなテクノロジーを用いることで人為的に仕掛けることができる可能性について一考の余地がありそうです。話の中で先般の英国の暴動がありましたが、暴徒側でBlackBerryのメッセンジャーが連絡に使われていたと事実があり、政府が情報開示を求めていたのがニュースにありました。突発的なパニック、暴動を上手く組織化してエスカレーションする、先進国の大都市は物資を自給自足せず外部に依存していますが、重要なインフラ、物流システムやライフライン・・・これらはネットワーク化され情報化され管理されている・・・の脆弱性を突くことでwar amongst peopleの引き金を引く、というのは将来の戦争のやり方としてあり得なくはないだろうと思われます。
二点目。私たちは米国と中国の国家間戦争をイメージしがちなのですが、将来中国で国内紛争が発生する可能性について、それこそNaval War Collegeのようなところでは議論がなされていないのかが気になりました。経済発展で需要が増えたアフリカや中央アジアへ資源と食料を求めて進出していますが、それだけかの国も外部への依存度が高く、今後ショックが国レベルでの内乱に結びつく確率は相当あるのではないでしょうか。胡錦濤体制で和諧社会、社会の調和といったスローガンが出されたのは、裏をかえせばsocial cohesionの程度が低いということでしょう。この点についてはもっと掘り下げることができるのではないかなと個人的には見ております。
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