先ず事実関係のおさらい。
〇2016年初から2017年半ばまでに北朝鮮は核実験3回(2016年1月、9月、2017年9月)とミサイル発射実験29回を実施。これに対し、国連安保理は対北決議を5回採択(最新は9月11日に採択された第2375号)。
〇北朝鮮(≒金正恩)は米本土を射程とする小型化された核弾頭搭載可能な弾道ミサイルの完全稼働を目指し、核・ミサイル開発を推進。
〇これを達成する上で課題となるのは①核弾頭の小型化の完全化、②弾道ミサイルの大気圏再突入能力の獲得、③米本土の標的までの正確な運搬能力の確保。米情報コミュニティは北の核・ミサイル開発が想定より速く、能力が向上していると評価を修正。現在の実験ペースが続けば、1~2年以内に必要な能力水準に到達の可能性。
〇国連安保理決議に基づき制裁強化が為されているものの、履行面において十分に遵守していない加盟国もあり、また、制裁が奏功する場合にも一定の時間が必要。常任理事国のうち、ロシアは制裁に懐疑的、中国とロシアは「圧力」より「対話」志向し、北の核・ミサイル開発の凍結と米韓軍事演習の凍結を併行することを提案。
〇米国は北の核完全武装阻止において軍事行動を検討。軍事行動を起こした場合、北の報復攻撃により韓国、日本に甚大な被害が生じる可能性。中国とロシアは米国の軍事行動、対外介入そのものにネガティヴ、韓国は自国被害の虞から極めて慎重。
次にアサンプション。
〇核・ミサイル開発は、対米抑止力を得ることで、現行体制の保証(米による体制転換を目的とした介入阻止)を第一の目的としている。ゆえに北は進行中の核・ミサイル放棄を交渉の材料としない。
かつての瀬戸際外交、危機を高めて経済支援等の譲歩を勝ち得るための手段でなく、米との交渉においても引き出したいのは「体制保証」そのものではなく「核保有国としての承認」であると見ています。米朝枠組み合意、六者協議の際と異なり、資金的・物的支援を重視していないのは、先ず経済面で重要なパートナーである中国との関係を考慮していない(本年のミサイル発射のいくつかは米中首脳会談、一帯一路国際会議、BRICSサミット等中国の主要な外交日程と重なり北京の「面子」を潰している)、これまでに交渉の条件提示さえ行っていない点から伺えます。
政策研究大学院の道下先生は体制保証目的説に疑問を呈し、説得力がないと述べていますが、個人的にはイラクやリビア、シリアにおける米国と有志国による介入と体制転換を見て、生存のための核抑止力獲得は必要であると北は確信していると見ます。北の国内面を見ても、核武装の達成は若い金正恩の権威を高め、権力基盤をより強固なものとすることに資すると分析します。米国に対する挑発・刺激には対内メッセージの側面もあるでしょう。それから、韓国に対する限定的な軍事行動に関しては、2010年の延坪島砲撃事件、天安沈没事件を考慮すれば、「安定と不安定のパラドックス」はある程度核ミサイル無しでも成立するとの見立てです。
〇北を除く六者会合参加国のうち、日韓中露にとって北の体制崩壊は基本的に望ましくない。難民の受け入れ対応等内政面、北の現体制崩壊後の枠組み作り等外交面双方で難しい対応を迫られる。
最もわかりやすいのは国境を接する中国・韓国でしょう。100万人以上の難民が押し寄せる、その対応を想像するだけでも頭が痛くなります。日本も一定数のボートピープル受け入れは大きな課題となります。
全ての関係国にとって、現体制崩壊後の半島をどうするかも答えの見えない問いです。地域の勢力均衡、在韓米軍の扱い、新秩序形成に関する労力と必要資源、事後処理で取り組まなければならないことを洗い出し、国際的な合意を得て、新たな国造りに取り組む、これらに直面したい各国政策当局者はいないと思います。
〇北が完全核武装国家となることは、米と同盟国の安全保障、地域の安全保障のみならず、将来的な技術移転により核不拡散レジームを損ねかねず、国際安全保障にも深刻な影響を及ぼす。
以上のとおり整理したところで、卑見の結論を開陳すると、「限定的な核・ミサイル開発施設・発射台を標的とする軍事行動というこれまでなかった手段により、北の指導部に核・ミサイル開発が自らの目的を果たすどころか阻害する方向性であると再考させて外交交渉の場に出てくるよう仕向け、不可逆的で包括的な検証可能で透明性ある核・ミサイル放棄に合意させることを目指す」になります。
北の振る舞いを外交圧力で改めさせることにはこれまで成功していません。石油の輸出制限や労働者派遣等による外貨獲得を阻止する強化された制裁策も、望ましい効果が出てくるまでに相当の時間を必要としますが、この1年7か月に北が幾度となくミサイルを発射し、能力を急速に進展させていることを踏まえれば、猶予は限られています。
軍事行動もまた容易な道ではありません。体制転換や金正恩暗殺のような斬首作戦は確かに核・ミサイル開発を止めるでしょうが、別のより複雑で中長期的にマイナスとなる帰結をもたらすでしょう。ポスト金体制について明確で実現可能な構想はなく、あったとしたところでアフターケアに膨大なリソースを要求されることは間違いなく、予想しない波及効果も生じるでしょう。
ピンポイントでの限定攻撃も、北の行動を変更させるだけのインパクトを持ちつつ、大規模報復から全面的な戦争へのエスカレーションを回避する、そのような攻撃対象を選定するのは干し草の山から1本の針を見つけるような作業になるでしょう。また、限定的であったとしても、最も直接的に影響を被る同盟国韓国、日本との調整、主要なステークホルダーでありその協力を得ることが重要である中国との関係、加えて国際社会で一定の支持を得て正統性を確立する等、政治的外交的作業も容易ではありません。
日本として、また国際社会として、北の核・ミサイル開発が完了阻止は統一された目的です。核弾頭搭載弾道ミサイルの射程に入る個々の国家の安全保障に対する脅威(物理的挑戦)であることはもちろん、NPTを脱退しIAEAの査察官を追い出し類似の国連安保理決議に違反した国家が事実をもって核保有国であることを認めさせる先例を許すことは、国際法と規範に基づく秩序を大いに損ねるもの(規範的挑戦)です。
これを達成する上で、あらゆるオプションがありますが、現実的な手段は相当限られていると認識します。比較的可能性のある方策でも相応のリスクとコストを負わねばならないでしょう。
冒頭で説明したとおり、北は幾度となく実験を繰り返し、その能力は急速に向上しています。今後もさらに実験を繰り返していく中で、確実に機会の窓は閉ざされていくでしょう。そうなる前に、核・ミサイル開発を諦めさせるというこちらの意志を強制するアプローチを取ることが必要です。