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9/24/2017

北朝鮮リスクをどう管理するか(その1)

 先ず事実関係のおさらい。

〇2016年初から2017年半ばまでに北朝鮮は核実験3回(2016年1月、9月、2017年9月)とミサイル発射実験29回を実施。これに対し、国連安保理は対北決議を5回採択(最新は9月11日に採択された第2375号)。

〇北朝鮮(≒金正恩)は米本土を射程とする小型化された核弾頭搭載可能な弾道ミサイルの完全稼働を目指し、核・ミサイル開発を推進。

〇これを達成する上で課題となるのは①核弾頭の小型化の完全化、②弾道ミサイルの大気圏再突入能力の獲得、③米本土の標的までの正確な運搬能力の確保。米情報コミュニティは北の核・ミサイル開発が想定より速く、能力が向上していると評価を修正。現在の実験ペースが続けば、1~2年以内に必要な能力水準に到達の可能性。

〇国連安保理決議に基づき制裁強化が為されているものの、履行面において十分に遵守していない加盟国もあり、また、制裁が奏功する場合にも一定の時間が必要。常任理事国のうち、ロシアは制裁に懐疑的、中国とロシアは「圧力」より「対話」志向し、北の核・ミサイル開発の凍結と米韓軍事演習の凍結を併行することを提案。

〇米国は北の核完全武装阻止において軍事行動を検討。軍事行動を起こした場合、北の報復攻撃により韓国、日本に甚大な被害が生じる可能性。中国とロシアは米国の軍事行動、対外介入そのものにネガティヴ、韓国は自国被害の虞から極めて慎重。

 次にアサンプション。

〇核・ミサイル開発は、対米抑止力を得ることで、現行体制の保証(米による体制転換を目的とした介入阻止)を第一の目的としている。ゆえに北は進行中の核・ミサイル放棄を交渉の材料としない。

 かつての瀬戸際外交、危機を高めて経済支援等の譲歩を勝ち得るための手段でなく、米との交渉においても引き出したいのは「体制保証」そのものではなく「核保有国としての承認」であると見ています。米朝枠組み合意、六者協議の際と異なり、資金的・物的支援を重視していないのは、先ず経済面で重要なパートナーである中国との関係を考慮していない(本年のミサイル発射のいくつかは米中首脳会談、一帯一路国際会議、BRICSサミット等中国の主要な外交日程と重なり北京の「面子」を潰している)、これまでに交渉の条件提示さえ行っていない点から伺えます。
 
 政策研究大学院の道下先生は体制保証目的説に疑問を呈し、説得力がないと述べていますが、個人的にはイラクやリビア、シリアにおける米国と有志国による介入と体制転換を見て、生存のための核抑止力獲得は必要であると北は確信していると見ます。北の国内面を見ても、核武装の達成は若い金正恩の権威を高め、権力基盤をより強固なものとすることに資すると分析します。米国に対する挑発・刺激には対内メッセージの側面もあるでしょう。それから、韓国に対する限定的な軍事行動に関しては、2010年の延坪島砲撃事件、天安沈没事件を考慮すれば、「安定と不安定のパラドックス」はある程度核ミサイル無しでも成立するとの見立てです。

〇北を除く六者会合参加国のうち、日韓中露にとって北の体制崩壊は基本的に望ましくない。難民の受け入れ対応等内政面、北の現体制崩壊後の枠組み作り等外交面双方で難しい対応を迫られる。

 最もわかりやすいのは国境を接する中国・韓国でしょう。100万人以上の難民が押し寄せる、その対応を想像するだけでも頭が痛くなります。日本も一定数のボートピープル受け入れは大きな課題となります。
 全ての関係国にとって、現体制崩壊後の半島をどうするかも答えの見えない問いです。地域の勢力均衡、在韓米軍の扱い、新秩序形成に関する労力と必要資源、事後処理で取り組まなければならないことを洗い出し、国際的な合意を得て、新たな国造りに取り組む、これらに直面したい各国政策当局者はいないと思います。

〇北が完全核武装国家となることは、米と同盟国の安全保障、地域の安全保障のみならず、将来的な技術移転により核不拡散レジームを損ねかねず、国際安全保障にも深刻な影響を及ぼす。

 以上のとおり整理したところで、卑見の結論を開陳すると、「限定的な核・ミサイル開発施設・発射台を標的とする軍事行動というこれまでなかった手段により、北の指導部に核・ミサイル開発が自らの目的を果たすどころか阻害する方向性であると再考させて外交交渉の場に出てくるよう仕向け、不可逆的で包括的な検証可能で透明性ある核・ミサイル放棄に合意させることを目指す」になります。

 北の振る舞いを外交圧力で改めさせることにはこれまで成功していません。石油の輸出制限や労働者派遣等による外貨獲得を阻止する強化された制裁策も、望ましい効果が出てくるまでに相当の時間を必要としますが、この1年7か月に北が幾度となくミサイルを発射し、能力を急速に進展させていることを踏まえれば、猶予は限られています。

 軍事行動もまた容易な道ではありません。体制転換や金正恩暗殺のような斬首作戦は確かに核・ミサイル開発を止めるでしょうが、別のより複雑で中長期的にマイナスとなる帰結をもたらすでしょう。ポスト金体制について明確で実現可能な構想はなく、あったとしたところでアフターケアに膨大なリソースを要求されることは間違いなく、予想しない波及効果も生じるでしょう。

 ピンポイントでの限定攻撃も、北の行動を変更させるだけのインパクトを持ちつつ、大規模報復から全面的な戦争へのエスカレーションを回避する、そのような攻撃対象を選定するのは干し草の山から1本の針を見つけるような作業になるでしょう。また、限定的であったとしても、最も直接的に影響を被る同盟国韓国、日本との調整、主要なステークホルダーでありその協力を得ることが重要である中国との関係、加えて国際社会で一定の支持を得て正統性を確立する等、政治的外交的作業も容易ではありません。

 日本として、また国際社会として、北の核・ミサイル開発が完了阻止は統一された目的です。核弾頭搭載弾道ミサイルの射程に入る個々の国家の安全保障に対する脅威(物理的挑戦)であることはもちろん、NPTを脱退しIAEAの査察官を追い出し類似の国連安保理決議に違反した国家が事実をもって核保有国であることを認めさせる先例を許すことは、国際法と規範に基づく秩序を大いに損ねるもの(規範的挑戦)です。

 これを達成する上で、あらゆるオプションがありますが、現実的な手段は相当限られていると認識します。比較的可能性のある方策でも相応のリスクとコストを負わねばならないでしょう。

 冒頭で説明したとおり、北は幾度となく実験を繰り返し、その能力は急速に向上しています。今後もさらに実験を繰り返していく中で、確実に機会の窓は閉ざされていくでしょう。そうなる前に、核・ミサイル開発を諦めさせるというこちらの意志を強制するアプローチを取ることが必要です。

6/30/2017

お前のようなエコノミック・オフィサーがいるか

 決着は一瞬で、均衡はあっけなく崩れる。張り詰めた神経が一瞬緩む。

「アフリカ連合平和維持ミッション(AMISOM)のCONOPS」

 その一言を聞き漏らさない。CONOPS、だって?

 CONOPSとはConcept of Operations、作戦構想の略称だ。

 そんな専門用語、ただの経済担当官(エコノミック・オフィサー)が知るものじゃあない。

 職場に戻った後で経済担当の同僚に聞いてみた。「CONOPSって知ってます?」(答えは、もちろんノー、ニェット。)

 疑惑は確信に変わった。目の前にいる男は外交官ではない。
 
 それがGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)かSVR(ロシア対外情報庁)かまでは分からない。

 だが、こちらだって駆け出しながらインテリジェンスで飯を食っている。

 正体が知れたら、やることは一つ。




















 逃げるんだよォ!




















 腕時計をちらっと見て、シグナルをそれとなく送る。

「時間は大丈夫か?」

「申し訳ないが、そろそろミーティングがあるので行かなければならない」

この国の内政について当たり障りのない意見交換をした後で、間合いを切る。

「次は南スーダンとエリトリアについて話がしたい」

「ああ、わかった。また今度」

ホテルを後にし、車に乗って一息つく。何とか、してやられずに済んだ。

手が汗で湿っている。

と、同時にそこはかとない充足感があった。

「引き分けだなー」

 本質的なことに関して情報を引き出せなかったし、こちらも喋りすぎなかった。と思いたい。

 しかし収穫はあった。少なくとも相手が何者であるかを看破できたろう。

 おそロシア。

6/19/2017

探り合い

 上司に先日の接触のこと、意見交換の話をしたら「気を付けてください」とだけ言われた。相手はロシアの人間だから当然だろう。この国で激しい情報戦を繰り広げるとも思わないが、隙を見せたら何があるかわかったものではない。

 レセプションで交換した相手の名刺を確認する。向こうは経済担当(エコノミック・オフィサー)と自己紹介していたが、こちらが地域情勢をフォローしているという話に、自分も一部カバーしていると応じていた。

 この国のロシア大使館で何人勤務しているかは承知していないが、大きな大使館だったし、レセプションを見た限りではこちらより人員は多そうだった。人手不足の大使館なら経済と政治を兼務していてもおかしくないが、ロシアの規模であれは普通はそのような体制を取らないだろう。

 当日。朝のデスクワークに一区切りをつけたところで、ネクタイを締め、メモ帳とペンだけを持って出る。移動中、どう躱すか、相手の関心事は何かに考えを巡らす。

 約束の時間の数分前に先方の指定したホテルに到着した。近いからいいかと思って受け入れたが、利用したことのないホテルだ。欧米系の大きなホテル以外でのアポはあまりないが、思ったよりはきれいでしっかりしていた。

 入口の金属探知機をパスしてロビーを奥に進む。先に到着してコーヒーを飲んでいた相手が立ち上がり、こちらに手を振った。

 形式的な挨拶を交わし、互いに席を着く。飲み物を進められたので、ウェイターを呼び、コーヒーを注文した。運ばれてきたコーヒーに一口つけると、いたって普通の味がした。本題に入る前に一言言わなくては。

「申し訳ないが急ぎの会合が入ったので30分したら行かなきゃいけない」 

 これは、嘘。話が盛り上がってもつまらなくても、だらだら続ければそれだけリスクが増す。それに、このところ地味に仕事が忙しかった。本来必要のないアポで時間を浪費している余裕はなかった。

 相手は、別に驚いた風もなく、わかったと話を切り出す。電話口では地域情勢について、としか聞いておらず、こちらも敢えて前もって余計な情報を入れないよう、尋ねなかった。何が出るかな、さいころ振ってのお楽しみ。

 最初に尋ねてきたのは某国情勢についてだった。率直に言って意外だった。ロシアが深い関心を有しているというイメージはなかったし、我が国が重要なプレーヤーとして振る舞っているわけでもない。先ずは無難な話をして、警戒を解こうというところか。

 意見交換ということで見方を「私見だが、一般論だが、」と断った上で、頭の中で情報をフィルタリングして公知の情報を基に話すように努める。この作業は何とか上手くいった。相手は淡々とこちらの話を聞いては次の質問を投げてくる。

 はっきり言ってそう刺激的ではない、固い応答ライン。この国の政府当局者がこちらの照会に応答するときを思い出す。我ながらお利口さんな答えばかり、サービス精神には欠けるが、「こいつはわかっている」とある程度中身を知っているところは示さなければならない。

 今後の見通し、キープレイヤーの戦略に対する評価、話は米国の某国に対する関与に及ぶ。ロシアとしてはやはり米国の動向は関心事か、日本から何か聞けると思ったのか。

 何が相手にとって既知で何が未知か、欲しいのは情報か、それともこちらの分析評価、あるいはその能力を探っているのか。話ながら思案する。向こうは向こうで、こちらの話に耳を傾けつつ探っているような気がした。

 合間に口の中を湿すためにコーヒーを啜る。ガードを下げないよう気を付けているが、個人的に関心があってフォローしているテーマだと、やや饒舌になりがちだ。

 時計の針に目をやりたいのをぐっと堪える。短すぎず長すぎず、適当なところで切り上げたいが、まだ早い。

6/18/2017

接触

 最近あった経験の備忘録。

 日曜午後、仕事の携帯に見知らぬ番号からの着信。また、現地の人間が間違い電話か(この国ではよくある)と思って出てみると、電話の相手が無感情な声で英語で喋りはじめた。

「君とこの国の内政、地域情勢の意見交換をしたい。今度会えるか?」

 相手の名前は、つい先日参加したレセプションで名刺交換したロシア大使館の経済担当書記官のものだった。その時は自分がロシア語を勉強したことや、モスクワに旅行したことを話題に会話を弾ませようと試み、何とも読み取り辛い相手の関心を惹こうとしたものだ。

 いつが空いている? この日の午前なら。では〇〇ホテルで会おう、君のオフィスから近い。

 アポが成立し、電話を切る。向こうがどういう気持ちかはわからないが、きっと表情は変わっていないだろう。こっちは、あちらからの接触に予想通りという満足感と、用心してかからなければならないという緊張感が入り混じっていた。

6/26/2016

「Brexitの決定:英国はEUの新たな最良の友人になる必要がある」byマルコム・チャルマーズ【前半】

 英国民投票の「離脱」という結果を受けて、マルコム・チャルマーズ(Prof. Malcolm Chalmers)RUSI副所長が、RUSIウェブサイト上に「Brexitの決定:英国はEUの新たな最良の友人になる必要がある(Brexit Decision: The UK Needs to Become the EU's New Best Friend)」というコメンタリーを寄稿していたのを紹介したいと思います。

構成は(1)序文、(2)政治、(3)経済、(4)新たな特別な関係構築、(5)欧州へのピボットとなっており、それなりに長いので(3)までを前半として、概要抄訳を紹介します。

(1)序文

1.英国民投票でEU離脱の意思が示された今、欧州との新たな協力モデルを作ることが、英国にとって戦略的政策の最優先課題だ。

2.NATOとEUを通じた国家間協力の制度機構化は、第二次世界大戦以来の大陸の安全保障を支える上で重要な役割を果たし、共通の課題に対処し競争的ナショナリズムを抑え込むことを可能としてきた。

3.欧州協力論は変わらず力強いが、制度機構の形は、新たな課題と新たな政治的現実に対応する上で変化する。英国と欧州のパートナーが直面する課題は、差し迫る英国のEU離脱を前にして、新たな協力の枠組みをどのように形成するかについて合意することだ。合意に至るのは容易ではないが、失敗のコストは、英国と欧州のパートナーにとって、高くつくだろう。

(2)政治

4. 英国は今EU離脱の道にあるが、目的地は不確実性に覆われている。先ず、国民的議論の中心は誰が次の首相になるかになるだろう。しかし、この議論はまた、政党間、ビジネス界そして一般社会での激しい議論と分断につながりそうである。欧州はこれからしばらくの間、英国の政治論議の中心になりそうに見える。この議論の主要な問いは、欧州との望ましい関係の性質についてになるだろう。

(3)経済

5.英国は、EUから流入する移民のコントロールを導入し、現在EUが握る市場規制を取り戻し、WTOのメンバーシップに基づいた貿易協定の交渉に向け速やかに動くことになる。

6.そのような政策の経済コストが、多くの予測者たちが現在予見しているぐらい大きいものと証明された場合、よりノルウェーとEUの協定に類似し、英国の規模と重要性を考慮にいれて修正された、新たな「特別な関係」を支持するよう政治指導者にますます圧力がかかるだろう。

7. そのような協定下で、英国は移動の自由継続とかなりの予算貢献の受け入れと引き換えに、EU市場への特権的アクセスを保つことになる。

8.多くの離脱支持者はそのような選択肢に猛烈に抵抗しそうであるが、国民投票後の急な景気後退という起こりそうな現実と、歳出削減と(または)増税の見通しが、どうであれ、より過激な離脱の選択肢の利点を説くことは難しくなる。景気後退は移民を減らし、移動の自由に関して変化の余地をもたらしそうである。

9.「特別な関係」オプションの包括的な原則は、英国は、いくつかの領域で現在加盟国として行っているよりも多くの国家的支配を行使し、しかし適切なところで多国間協力の利点を維持する、EUとの強い制度化されたパートナーシップを保つことを模索することである。このモデル上、英国はEUの最良の友人になりたいと熱望する。

10.他の欧州の指導者は、英国が完全に縁を切るのと新たな形態の密接な協力に動くことのどちらが好ましいかを独自に評価するだろう。彼らは強い国内の圧力、特にビジネス部門からの、英国との貿易コストの急激な増加を回避する協定に合意することを求める圧力に直面しそうである。

11.しかし欧州の政治指導者は、自国の欧州会議的な政敵が魅力的と思う前例を与えないよう、易々と英国を受け入れることに慎重になるだろう。

12.つらい景気後退が、難しい譲歩を受け入れるための英国への圧力を増やし、他方で英国の後を追おうとする他国を思いとどまらせるのに十分な痛みを負わせ、助けとなるだろう。
(4)と(5)は【後半】に続きます。

9/20/2015

シリアの現状、不介入政策の帰結

欧州の難民問題がここのところ話題になっています。泥沼の内戦にISの脅威に晒されているシリアや、シリアに比べればはるかにマシだけれども情勢不安定で過激派も入り込んでいるリビア、北朝鮮以上に自由のないアフリカのエリトリア、そのほかナイジェリアや、果てはアフガニスタンから、大勢の難民がドイツや北欧などを目指しています。

シリアでは、2011年の紛争勃発以来、20万人以上が死亡し、400万人を超える人が国外に逃れて難民となり、また国内避難民も相当数発生しています。昨日、ヨーロッパを訪問中の米国のケリー国務長官は、難民問題の深刻化を受けて、紛争を終わらせるための新たな外交努力を呼びかけました(BBC当該記事)。


反政府派の拷問、女性に対する暴行、市民への空爆、大量の殺戮、化学兵器の使用、ISの台頭。今日まで続き、なお好転の見込みが薄い惨状に、「早期に人道的介入をしていれば、あるいは阻止できたのでは」と考えさせられるところです。

(以下は過去にシリアに触れたものです)
「そう、シリアはリビアより難しく、ダルフールより酷くない。」(2011年11月30日)

「シリアに直ちに介入することが好ましくない8つの理由」(2013年8月29日)

「オバマのDo the stupid stuff」(2014年10月11日)

(↑のうち最後のエントリーについては、今月16日にロイド・オースティン司令官が上院軍事員会の公聴会で証言したところ、米軍が訓練したシリア反体制派のうち、対IS戦に従事しているのが4、5人だそうです。空爆についても、8月26日付けのNYTの報道によると、米中央軍が情勢分析の方古書で歪曲を行ったと指摘がなされており、米軍の対IS戦略が機能していないものと見られます。)

過去に、自分なりに情勢を分析した上で不介入を是としましたが、冒頭で挙げた死者数・難民数を見ると自問自答せずにはいられません。「これでよかったのか」と。これでいいわけがないのですが。各国の首脳や政策当局者が、当時介入しなかったのにはそれ相応の政治的、外交的、戦略的、あるいは法的な理由がありましたが、行動しなかった結果について重く受け止めなければならないでしょう。

今日のシリアはアサド政権、反体制派、IS、アルカイダ系のヌスラ戦線など諸勢力が入り乱れ、また外部の勢力もトルコ、ヨルダン、湾岸諸国、そしてイランが複雑に絡んでおり、一種のグレートゲームが展開されている状態です。また、アサド政権を後援するロシアと米国の利害の不一致もあり、「大国政治の悲劇」の犠牲でもあります。ある反アサド派で現在米国ワシントンD.Cに住んでいるシリア人によれば、オバマ大統領はこの問題で「イラン人に心配をかけることを望んでいない"President Obama does not wish to upset the Iranians"」というスタンスだったそうです。この男性は「オバマが外交を通じて平和の遺産を残したいことは理解できるけど、なぜ彼が独裁者との取引が平和をもたらsと信じているのか理解できない」と述べています。

シリア情勢を見ていると、冷酷な国際政治の現実と、理想の狭間で葛藤を覚えずにはいられません。

9/19/2015

集団的自衛権~通過点として

平和安全法制整備法案と国際平和支援法案が成立し、日本は限定的な集団的自衛権の行使が可能となりました。

5年前、私は戦争学を学ぶために大学院留学しました。その時はいつか日本が現実的な安全保障政策を持ち、多国間協調で国際平和により一層貢献するようになる日が来るだろうと思い、その日のために国際情勢を理解し安全保障に精通することが肝要だと考えていました。

4年前の秋、修士課程を終え論文を提出し終え、外務省から留学していたコースメイトとウクライナ、トルコ、ブルガリアの3か国を卒業旅行していたとき、イスタンブールからソフィアに向かう列車の客室内で、彼と日本のこれから、外交や安全保障について議論しました。その中には集団的自衛権も含まれていて、「首相の政治的決断で解釈を変更してやれるのだから、やるべきだ」という旨熱く語っていた覚えがあります。

正直なところ、かくも早く集団的自衛権の行使が可能になるとは予想していませんでした。英国で修行している時には10年以上かかるものと覚悟していました。数年前の自分であればもっと高揚していたのではないかと思いますが、今日という日を迎えてもこみ上げるものがないです。理由は色々考えられるのですが、最も大きいのはここが終着点ではないということでしょうか。

この数か月の議論の在り方は予想していたとおりで噛み合わず、少しでも政策論、安全保障の実りある議論が深まればよいという淡い望みは望みのままでした。戦後70年間にわたって軍事を忌避し放擲してきた日本の社会にあって、安全保障を正面から議論する知的基盤が存在せず、加えて安全保障への関心は経済や社会保障といった身近な問題と比較して圧倒的に低いことから、広範な理解を得るのが難しいのはやむを得ないものと認識しています。一方で、安全保障の世界にいる者として、様々なケースや欧米の研究などを紹介して少しでも参考にしてもらうという努力をしてこなかったのは怠慢だと反省しています。

今回の政府憲法解釈の変更、提出された法案は率直に申し上げると中途半端で、不完全な形のものだったと思います。しかし、集団的自衛権を行使可能とすることは国際社会において責任ある国家として行動する大前提で、また個別的・集団的を問わず自衛権は国際法上当然認められる国家の権利でありかつ国内法の制約に反しないものという考えから、成立を支持します。

メディアでは今回の政策変更を「大転換」「転換点」と表現する向きが多いです。確かに法案を巡る政治闘争が熱を帯び、政治的にはとても象徴的な法案であったでしょう。しかし、集団的自衛権を巡る課題と議論は新しいものではなく、湾岸戦争のトラウマ、PKO協力法成立と自衛隊の海外派遣、周辺事態法の制定、9.11同時多発テロとその後のインド洋・イラク派遣と、過去20余年の積み上げの延長線上にあるものでした。また、政治的なインパクトと裏腹に、例えば武力行使との一体化は従来通り避けるなど、法案による変化は騒ぎの大きさに比べると穏健なものでした。ただ、小さくても一歩は一歩であり、非常に重みのあるものでしょう。

集団的自衛権が限定的に解禁されたのは一つの通過点です。今回、安保法制が整備されたからといって、日本の安全保障や地域の安定が完璧になるものではありませんから、これからも恒久的な平和がより恒久平和に近づくよう、不断の努力が求められているのだと思います。2法案の成立はゴールではなく、集団的自衛権の行使という選択肢が増えた日本政府・国民双方にとって、これからがより重い選択を迫られより重い責任を負うことになります。海外での任務が増える可能性が以前より高くなった今、日本の安全保障政策や自衛隊はよりスタンダード化する必要性があり、そのための様々な法律と能力の整備が求められます。

集団的自衛権が行使可能となることで、政府が主張するように日本の安全保障にも資するでしょうし、同盟の双務化で日米関係が強化されるでしょうが、それだけに留まらない可能性が拡がると考えています。米軍以外との協力の余地が拡大することで、他の友好国との安全保障協力が発展していくことが期待されますし、日米同盟とANZUSやNATOのネットワークとを統合していく向きが出てきても不思議ではないと思います。このほか、同盟の双務化は沖縄ほかの駐留米軍のイシューにも長期的に影響を及ぼすのではないかと考えています。(詳しくは割愛します)

個人的には、将来スレブレニツァやダルフール、アレッポ、ホムスで起きたことを未然に防ぐ機会があるとき、日本が傍観せず行動できる国際コミュニティの一員であってほしいと強く願っています。22万人以上が死亡し、400万人以上が国外へ逃れて難民となったシリアを見れば、やや理想主義が強いことは否定できませんが。今の首相や政府の方針とは異にしますが、国際協調のもとで保護する責任(responsibility to protect)を果たし、人道的介入を行えるようにするのが積極的平和主義の一つの形であり、そのために集団的自衛権が不可欠だと愚考します。日本のケーパビリティーとキャパシティを踏まえた上で、可能な範囲で惨禍の拡大を食い止めることができれば、紛争の犠牲者を少なくすることができます。

いずれにしても安保法制は数多くある通過点の一つであり、ここがはじまりです。日本をしてforce for goodとする。この国の舵取りを過たすことなく、少しでも安全で少しでも良い世界にしていく。及ばずながら、私個人としてもその為にできることをしていく所存です。