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7/15/2015

政府の憲法解釈の歴史を今更ながら復習する(冷戦終結から現在まで)

山岡「この集団的自衛権は出来損ないだ。食べられないよ」

前編の流れをざっとまとめます。


① 日本国憲法審議過程 「自衛権(の発動としての戦争)も認められない」by吉田茂
② 朝鮮戦争勃発時 「集団的自衛権は国家固有の権利(共同行使説)」
              「集団的自衛権の国外での行使は認められない」
③ 1960年 「日本防衛のための米軍との共同対処は個別的自衛権」
④ 1964年 「他国防衛のための集団的自衛権の行使は認められない」
⑤ 1981年 「集団的自衛権を有しているのは当然だが、行使は認められない」


ベルリンの壁が崩壊しソ連が解体され、国際情勢が大きく変化した90年代の新たな世界で、日本では国連活動(多国籍軍)への協力という文脈で自衛隊の海外派遣が議論の対象となります。

1991年の湾岸戦争への対応が大きな問題になったことは言うまでもないでしょう。総額135億ドルの資金援助を実施したがクウェート政府からの感謝決議に日本が入っていなかったことが問題となりました。

90年代前半は多国籍軍へのアプローチと、PKO活動への参加の是非が大きなイシューとなりました。

先ず「国連軍」への対応として、(1)国連軍の指揮下に入る「参加」は、武力行使を伴うのであれば憲法上認められない (2) 国連軍の組織の外で行う各種支援を含む「協力」は、武力行使と一体化しなければ認められる。という統一見解が示されます。

「参加」と「協力」を分けた上で、後者は容認するという見解です。

PKOについては1992年に「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法」が成立します。2001年には、現在の内閣官房国家安全保障局長である谷内正太郎氏が、国会でPKOと集団的自衛権に関してつぎのように答弁しています。

「PKOは、国連が世界各地における地域紛争の平和的解決を助けるための手段として、実際の慣行を通じて確立してきた一連の活動であり、基本的に中立非強制の立場で行われるものであるから、このようなPKOへの参加は集団的自衛権の行使に当たらない」

また「武力行使との一体化」について、大森内閣法制局長官(当時)が96年に次の4つの判断基準を挙げています。

①戦闘行動の拠点と当該行動の場所との地理的関係
②当該行為の具体的内容
③各国軍隊の武力行使の任にある者との関係の密接性
④協力しようとする相手方の活動の現況等


すはわち、個別具体的なケースを見て判断すべきという方針です。

橋本、小渕内閣では、例えば後方支援としての米軍への武器弾薬の輸送は集団的自衛権の行使にあたらないという見解が示されました。

この「武力行使との一体化」の回避による活動範囲の拡大は、00年代の同時多発テロ以降のテロ対策特措法、イラク特措法における「非戦闘地域」という概念に繋がっていきます。

00年代、小泉政権とそれに続く第一次安倍政権では、「テロとの戦い」と、米国とのミサイル防衛(MD)の構築を背景に、集団的自衛権についての研究が行われます。

「憲法に関する問題について、世の中の変化も踏まえつつ、幅広い議論が行われることは重要であり、集団的自衛権の問題について、様々な角度から研究してもいいのではないかと考えている。」(第 151 回国会衆議院土井たか子議員提 出の質問主意書に対する答弁書[内閣衆質 151 第 58 号] 平成 13 年 5 月 9 日)


「大量破壊兵器やミサイルの拡散、テロとの闘いといった国際情勢の変化や、武器技術の進歩、我が国の国際貢献に対する期待の高まりなどを踏まえ、日米同盟がより効果的に機能し、平和が維持されるようにするため、いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究してまいる」(安倍晋三首相の発言。第 165 回国会衆議院会議録第 3 号 平成 18 年 9 月 29 日)

このうち、ミサイル防衛について政府は2005年に自衛隊法を改正し、同法82条の3で迎撃手続きについて定めていますが、 同措置は
「自衛隊法上の任務として公共の秩序の維持に該当し、 あえて整理すれば、警察権の行使に相当するものと言ってよい」(大野功統防衛庁長官の発言。第 162 回国会衆議院会議録第 16 号 平成 17年4月1日)
と警察権の行使とし、集団的自衛権の範囲外に置くことでクリアしています。

2度の政権交代を経験した後、第2次安倍政権において再開された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(通称、安保法制懇)が、2014年5月15日に報告書を提出します。(ちょうどこの1年後に「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」が国会に提出されます)

安保法制懇の集団的自衛権に関する解釈についての提言は次のとおりです。



「憲法第9条第1項の規定(「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」)は、我が国が当事国である国際紛争の解決のために武力による威嚇又は武力の行使を行うことを禁止したものと解すべきであり、自衛のための武力の行使は禁じられておらず、また国連PKO等や集団安全保障措置への参加といった国際法上合法的な活動への憲法上の制約はないと解すべきである」



「憲法第9条第2項は、第1項において、武力による威嚇や武力の行使を「国際紛争を解決する手段」として放棄すると定めたことを受け、「前項の目的を達するため」に戦力を保持しないと定めたものである。したがって、我が国が当事国である国際紛争を解決するための武力による威嚇や武力の行使に用いる戦力の保持は禁止されているが、 それ以外の、すなわち、個別的又は集団的を問わず自衛のための実力の保持やいわゆる 国際貢献のための実力の保持は禁止されていないと解すべきである」
これを踏まえて2014年7月1日に臨時閣議で決定された解釈が以下のとおりです。

「憲法第9条が,我が国が自国の平和と安全を維持し,その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。一方,この自衛の措置は,あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫,不正の事態に対処し,国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり,そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが,憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について,従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹,いわば基本的な論理であり,昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。 この基本的な論理は,憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない」

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず,我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命, 自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において,これを排除し,我が国の存立を全うし,国民を守るために他に適当な手段がないときに, 必要最小限度の実力を行使することは,従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として,憲法上許容されると考えるべきである」

「憲法上許容される上記の「武力の行使」は,国際法上は,集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には,他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが,憲法上は,あくまでも我が国の存立を全うし,国民を守るため,すなわち,我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである」


いやはや長かったです。最初のと比較すると

「集団的自衛権の国外での行使は認められない」→要件を充たせば国外でも可。
「他国防衛のための集団的自衛権の行使は認められない」→基本的に変わらず。
「集団的自衛権を有しているのは当然だが、行使は認められない」→行使は限定的に認められる。

という変化でしょうか。

「自国と密接な関係にある外国に対する攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力を以て阻止する権利」を、「存立が脅かされ(中略)明白な危険がある場合において」行使できるというものです。


さて解釈の変遷をフォローし終えましたが、次回以降は、平和安全法制整備法案で、具体的に自衛隊法以下がどのように改正されるかを追っていこうと考えています。


7/13/2015

政府の憲法解釈の歴史を今更ながら復習する(憲法制定から冷戦終盤まで)

本日は衆議院で「安保法制」の中央公聴会が実施され、衆議院で「平和安全法制整備法案」および「国際平和支援法案」の採決が迫ってきています。

今回は戦後の政権における、集団的自衛権の解釈についてフォローしていきます。

2014年7月の政府の憲法解釈変更以来、各方面で取り上げられてきたことから既にご存知の方もいるでしょうが、現行憲法の審議過程、1946年6月26日の段階で、当時の吉田茂首相は「自衛権」について以下のように答弁しています。

「戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第9条第2項に於て一切の 軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も抛棄したものであります。 従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われたのであります。満州事変然り、大東亜戦争然りであります」 (第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案特別委員会)

憲法を制定する前の審議段階での答弁、もっと言えばサンフランシスコ平和条約で再独立を果たす前の占領下における見解ということで、あくまで参考ですが、「個別的自衛権」も否定しています。


翌1947年5月3日に日本国憲法が施行され、それから約3年後、吉田茂は1950年2月3日、第7回国会において「国際連合憲章第51条で集団自衛権が認められているけど、総理は集団的自衛権を認めますか?」という質問に対し、

「当局者と しては、集団的自衛権の実際的な形を見た上で なければお答えできない」

と述べています。やはり主権回復以前なので参考程度です。ちなみに質問者は大勲位こと中曽根康弘議員(当時)でした。


集団的自衛権について、政府としてはじめて公の解釈を示したのは朝鮮戦争勃発、再独立と時代が目まぐるしく動いていた1951年です。

当時の外務省条約局長の答弁では、(1)集団的自衛権が国家固有の権利であること (2)集団的自衛権は一国の武力行使に各国が個別的自衛権を共同して発動するもの と捉えられていました。


ちなみに(2)は「個別的自衛権共同行使説」で、現在の公定解釈の「合理的拡大説」とは異なっていました。

1951年11月、「集団的自衛権は保有している」ことが明示されるとともに、9条2項を根拠に国外での行使が否定されました。当時は朝鮮戦争の真っ最中、念頭にあったのは朝鮮半島に海外派遣することを米国に要請される事態でした。


しばらく専ら「海外派兵」の文脈で集団的自衛権が議論されることが続きます。

1959年3月に、当時の林内閣法制局長官が「外国の領土に、 外国を援助するために武力行使を行うというこ と」は憲法で認められた自衛権の範囲外と答弁します。翌60年には日本を守るためにアメリカと共同対処するのは「個別的自衛権」だと明確にします。

同年12月、現在の議論でもたびたび援用される砂川事件の最高裁差し戻し判決が出されます。

「九条一項においては 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを宣言し、 また「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決 する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定し、さらに同条二項においては、 「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦 権は、これを認めない」と規定した。かくのごとく、同条は、同条にいわゆる戦争 を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである(中略)わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない(略)。すなわち、 われら日本国民は、憲法九条二項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけれ ども、これによつて生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平 和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによつて補ない、もつてわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。そしてそれは、必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができることはもとよりであつて、憲法九条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないのである」
国家固有の「自衛権」についてはこれでクリアです。問題は「集団的」が含まれるかですが、この点は明示されていません。

時はさらに進みベトナム戦争の頃、「我が国が他国の安全のために兵力を派出してそれを守るとい うことは憲法第9条のもとには許されないだろうという趣旨で、集団的自衛権は憲法第9条で認めていないだろうというのが我々の考え方」と、他国防衛を否定する考えが定着します。

1981年の政府見解で、集団的自衛権の明確な定義(下線部)と、「保有はしているが行使はできない」という解釈が示されます。

「国際法上、国家は集団的自衛権、すはわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」(第94回国会衆議院稲葉誠一郎議員提出の質問主意書に対する答弁書 昭和56年5月29日)

朝鮮戦争、日米安保条約、ベトナム戦争といった節目ごとに議論がなされ、解釈が変遷を遂げてきました。国際的に米ソ冷戦期、国内では55年体制下で野党社会党が自衛隊を違憲、日米安保を破棄すべしとする勢力であった、そういう背景で政府解釈が示されてきたのですね。


長くなったので今回はここまでです。冷戦終焉後、自衛隊のPKOやらイラク戦争やらで、従来の日米だけでない、多国間の枠組みを見据えた議論が進んだ過去20余年については、次回以降取り上げます。


7/11/2015

集団的自衛権を今更ながらおさらいする

前回に続いて「安保法制」についてフォローしていきます。法案について掘り下げていく前に、今回の法改正・立法の中心にある集団的自衛権についてやります。

国会の審議を通じて、「集団的自衛権」の「行使」を可能とする「解釈」が合憲か違憲かで、大きな論争が起きましたが、そもそも「(集団的)自衛権」とは何かという話をしたいと思います。

他国に対して武力を行使することは、国際法上許されていないですが、「自衛」、他国の侵略行為や攻撃を撃退し、自国を守る範囲においては認められています。

個人のレベルで言えば、人を殴るのは普通は犯罪ですが、暴漢に襲われた場合に身を守るため・抵抗する上では殴ったり蹴ったりしても「正当防衛」が認められます。

この自衛権に関して、日本国憲法に規定はありません。他国でも憲法に明記しているところはそう多くないと聞きますが、国家の「自然権」としてこれを認めていますし、国際法上では国連憲章第51条で明文化されています。

日本もまた自衛権を保有しています。ここでポイントなのは、政府解釈では「個別的自衛権」も「集団的自衛権」も、「保有している」ということです。

そして「個別的自衛権」は行使もできるが、「集団的自衛権」は行使はできないというのが従来の政府解釈でした。これを昨年7月に安倍政権が「一部できる」という解釈に変更しました。

次に「個別的自衛権」と「集団的自衛権」について見ていきましょう。

自衛権が個別的・集団的に区別されるようになったのは、先の大戦後、南米諸国の働きかけを受けて国連憲章に明記されたのがはじまりです。(その詳細な経緯はこちらのブログに詳しいです)比較的新しく、しかも国際秩序形成を主導してきた欧米によるものではないというのが一つのキーですね。

国連憲章51条の前半(原文)を見てみましょう。

Noting in present Charter shall impair the inherent right of individual or collective self-defence if an armed attack occurs against a Member of the United Nations, until the Security Council has taken measure necessary to maintain international peace and security

個別的・集団的を問わず、「国連安全保障理事会が国際平和と安全を保つために必要な措置を講じるまで」の、窮余の策、つなぎとして認められています。

「個別的」については説明は特に要らないでしょう。危害を加えられた・加えられそうになったら身を守る、そうしなければ侵略され占領され国家が亡くなってしまいます。

交戦権、国際紛争を解決するための戦力を放棄した日本でも、個別的自衛権は否定できません。日本がなくなれば、憲法も存在し得ないですしね。

さて、問題は「集団的」です。日本は攻撃を受けていないがアメリカが攻撃を受けた、という場合です。日本は違法な侵害を受けていないので、武力を行使しなくても無事です。(ここでは同盟や抑止については触れません)

日本政府は「自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を、自国の攻撃とみなし、自国の権利が侵害されたとして、他国を守るために防衛行動をとる権利」を「集団的自衛権」としています。ちなみにこの考え方を個別的自衛権合理的拡大説といいます。

個々人のレベルに置き換えると難しい話ではありません。自分以外、家族や友人は言うまでもなく、他人でも強盗・凶漢に襲われているところを武力を行使して助けるのは「正当防衛」であり罰されません。

これを日本という国家で見ると話はややこしくなります。日本は「武力を行使できない」としています。(繰り返しになりますが、日本が滅亡すれば憲法も何も意味を成さないので、個別的自衛権については保有もしているし行使もできるとしています)

国際法で国家として認められた権利がある一方、日本は自らに制約を課しているという状況です。前述のとおり、「自衛権」についての明文化された既定はありません。ゆえに、「個別的」「集団的」自衛権については他の条文から導き出された「解釈」があるのみです。

ここまで集団的自衛権の実態を簡単におさらいしました。

次回はその「解釈」について、これまでの流れを辿っていきたいと思います。

7/08/2015

安全保障関連法制を今更ながらフォローしていく

さて、今国会は言うまでもなく、戦後日本で最も論争を呼んでいる法案の1つである安全保障関連法案が7月15日から16日に採決にかけられ、衆議院を通過する運びとなりました。

この「安保法制」、反対派が「戦争法案」と呼ぶもの、各種世論調査の結果を見ると、依然として多くの人々にとってよくわからないものであるとのことです。

そこで既に80時間以上国会で審議され、新聞はじめマスメディアからオンラインメディアまで数多の記事で取り上げられながら、理解不十分の安保法制について、一からおさらいしていきたいと思います。

先ずは国会に提出されている法案の名前から。

第189回通常国会に提出され、現在審議されている法案は2つです。

1.平和安全法制整備法(我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案)

2.国際平和支援法(国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案)

前者はその名の通り整備法で、既に存在する10の法律を改正するものです。(以下参照)

1) 自衛隊法
2) 国際平和協力法 (PKO協力法)
3) 周辺事態安全確保法
4) 船舶検査活動法
5) 事態対処法
6) 米軍行動関連措置法
7) 特定公共施設利用法
8) 海上輸送規正法
9) 捕虜取扱い法
10) 国家安全保障設置法

この整備法1つを理解するにも上記の法律をそれぞれ理解していなければいけないので複雑です(関連する法律のどこをどう改正するのかについては、次回以降に個別に見ていければと思います)。

後者は新しい法律で、国連決議(総会or安全保障理事会)があることを前提に、国会の事前承認を得て諸外国の軍隊を協力支援(武器弾薬の供与はしない)することを可能とする法律です。

平和安全法制整備法、国際平和支援法はともに内閣官房国家安全保障局(NSS)が担当部局です。2014年1月の発足以降、同局が担当する初の法案(のはず)です。

既にご承知のとおり、2014年7月1日に安倍政権が閣議決定した憲法の政府解釈の変更を反映し、政府として従来は「保有しているが行使は認められない」としてきた集団的自衛権の行使を部分的に解禁する法改正・立法です。

以上がいわゆる「安保法制」の基礎的情報となります。

これからゆっくりじっくり、2つの法案と政府の安全保障政策の変更について、1つ1つ丹念にフォローしていこうと思います。

4/29/2015

バンドン、キャピトルヒル、そして談話へ

 訪米中の安倍首相がまもなく米議会上下院の合同会議で演説をする。先のバンドン演説から、来るべき戦後70周年の安倍ステートメントへと流れる大事なスピーチである。その内容、文言は日米両国のメディアから厳しく論評されるだろう。

 付き纏う歴史認識への懸念を払しょくできるかを日米のメディアは注視しているが、それは適切な問いではない。首相がもっとも問われるべきは、70年前の終戦前の過去から現在、そして現在からこれから10年20年先の未来へとつながる「歴史」をどう象るかだろう。

 そこに必要なのは過去だけを見た「お詫び」ではない、「痛切な反省」ではない。それを踏まえて日本が戦後の70年どう歩み、そしてこの先どのように振る舞うかである。それは単なる「未来志向」でもない。結局のところ、過去を見ずして未来を描くことはできないし、過去ばかり見ていてもありたい未来のことには考えが至らない。

 この演説は初めて上下両院の合同会議で日本の首相が演説をするということで歴史的であるし、戦後70年の一つの節目で、不安定な世界で日米同盟が防衛ガイドライン改訂を経て次なるステップへと進む、重要なタイミングで行われる。

 先のインドネシア・バンドンでのアジアアフリカ会議における演説では、過去の村山政権、小泉政権が使った文言に触れなかったことがフォーカスされたが、この米議会演説でも同様に直接表現を踏襲する必要はおそらくない。

 最も旧帝国時代について踏み込んだ発言・表現をするとしたら、それはやはり談話をおいてほかにはないだろう。アジアアフリカ会議は植民地時代からの脱却という(当時の)未来に向いた性質を成り立ちにおいて帯びていたし、米国は先の大戦で戦った敵であったが、今直面する「歴史問題」の当事者でもないし道徳的指導的立場にある存在でもない。

 

10/11/2014

オバマのDo the stupid stuff

オバマ大統領は経験者や専門家が語ったことに耳を傾ける必要がある。米国とフランスが「イスラム国(IS)」掃討に乗り出したとき、トニー・ブレア前首相は「地上軍派遣の選択肢を排除すべきではない」と述べたデンプシー米統合参謀本部議長も議会の証言で地上軍の関与の可能性について言及した

早くからオバマ政権の当局者が認めているように、エアパワー、空爆に依存した戦法では短期間に目に見える勝利を収めることはできない。国防総省のジョン・カービー報道官はシリア反体制派やイラク軍に地上での役割を期待する発言をしたが、両者はISを打倒するには明らかに力不足だ。

私は自由主義的・人道的介入を支持するし、ISの過激主義とテロリズムを打倒しなければならないと考えるが、今オバマ政権と有志連合が実施しているイラク・シリアでの空爆介入には極めて否定的だ。ISの残虐行為と脅威に晒される市民を見て「何かをしなければならない」というのは間違いではない。しかしただ「何かをする」のは戦略ではない。

改めてクラウゼヴィッツの言を借りるなら「戦争は別の手段による政治(政策)の継続」である。米国と有志連合の指導者は対IS戦の先の構想を持ち得ているのだろうか? 手段も目的も、軍事合理性も政治合理性も欠いたシリア空爆はまさにDo the stupid stuff、馬鹿をやることでありオバマが避けてきたことではないのか? それから、デイビッド・キャメロン英首相は野党のリーダーだった時を思い出すといい。「ミサイルと爆弾は最悪の大使」だ。

今やっているのはただのcreeping interventionだ。ずるずると深みにはまり、長い戦争を強いられる。それがもたらすのは災禍だ。米情報機関の分析では、ISは米国にリーチしテロ攻撃を行うだけの能力は持っていない。米人ジャーナリストの斬首は野蛮で吐き気を催すものだが、この見通しのない戦争を始める切っ掛けとして相応しいものではなかったろう。


英仏を蝕むポピュリスト政党の台頭

 労働党党首エド・ミリバンドは不人気だ。多くの有権者が彼を首相の器だと見なしていない。先に開かれた党大会では有権者の重要な関心事である財政赤字と移民問題についての言及を失念した(無謀にもノートなしで演説した結果だ)。エド・ミリバンドと影の蔵相エド・ボールのコンビはキャメロン・オズボーン相手に経済政策の信頼度で大きく水を開けられている。

 それでも来年5月の総選挙で、エド・ミリバンドがダウニング街10番の住人となる可能性は日増しに高まっているように思える。キャメロン首相は彼を恐れてはいない。首相にとって最も脅威なのは彼の左からではなく右から来ている。英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージェと大陸欧州と移民が嫌いな、元々保守党を支持していた人々だ。

 そのUKIPは今日、歴史的な勝利を得た。補欠選挙で、保守党から鞍替えした元職候補が同党初のウェストミンスター議会の議席を確保したのだ。この予期されていた結果に、しかし保守党はさらなる混乱に陥ろうとしている。次は誰が保守党を捨ててUKIPに走るのか? 総選挙までUKIPが支持を拡大し続け、ファラージェと寝てミリバンドと目覚める投票者が続出するのか?

 一方、英仏海峡の向こう側では、稀に見る不人気と経済停滞に苦しむオランドの社会党政権を後目に、マリーヌ・ルペン率いる国民戦線(NF)の快進撃が止まらない。先の上院選挙では初めて議席を獲得した。UKIPとNFは共に5月の欧州議会選挙で躍進した勢いを失わず、各々国内政治でも無視できない存在となった。

 英仏両国の政界を揺るがす、両党の共通点は反EUと反移民、そして反エスタブリッシュメントだ。彼らの考えがポピュラーになりつつあることは注目そして憂慮すべきことだ。トラディショナルな政党・政治家から離れた人心が、親しみやすさの裏に満ち溢れた偏見に引き寄せられている。ファラージュは「ルーマニア人が隣に引っ越して来たら心配だね」と軽口を叩き、UKIPが女性からの支持を得られていないことについて「花でも売ればいい?」とのたまう男だ。

 過去20年、ドミナントな政治の傾向は中道化、英米における「第3の道」路線の推進だった。センターグラウンドを確保し、両翼の支持層を得ることが正しい戦略だった。今起きている右からの揺さぶりが、これにとって代わるものとなるかもしれない。